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ミャンマー紀行〜チン州への道〜(3)

公開日: : 最終更新日:2018/01/22 無茶旅行

「どこの国にいっても大抵自分のナショナリティー(アメリカ人とかフランス人とか)について意識することが多いが、日本だけは「自分は外人だ」と強く感じさせられる国である。」と何かに書いてあった在日外国人のコメントを思い出すくらいに、ミンダの人々は好奇の眼差しで私を見ていた。そんな視線に最初のうちはまんざらでもなかった私だが途中ではっと気がついた。外国人が珍しいのではない、雨季に来るバカが珍しかったのだ…。

 ふと自分の家にいるような感覚で目が覚めた。瞼を開くと全面薄緑の壁と、王様ベッドのような天幕からピンクのレースがだらりと垂れ下がっているのが見え、自分の家では、いや明らかに日本でないことが分かり、数秒送れて昨夜のマンダレーラムの味を思い出した。妙な感覚を抱かせた張本人はザックの奥で聞き慣れたメロディーを延々と奏でている。毎朝8時に鳴るようにセットした携帯電話だった。ミャンマーとの時差は2時間半だから、つまり今は朝5時半、カーテン越しに外の気配を伺うとまさに今から朝日が大地を照らそうとする瞬間だった。一日にほんの刹那しかない清らかで神々しい風景を収めようと、慌ててベッドから抜け出るとカメラを持って部屋からロビーをつき抜け外に出た。

 水場で歯を磨いていたゲストハウスの主人は僕に気づくと「ほれ」とヴィクトリア山の方向を指さした。チン語でコヌン・ドゥン、地元では「山々達の母」という名で呼ばれている名峰は、頂だけを雲に隠し広大な稜線を青空のもとに晒している。南西の方向に位置するヴィクトリア山から、生まれたばかりの朝日がまばゆい東側へ目を転じると、地平線まで続きそうな乳白色の雲海が広がっている。切り立った尾根づたいに約3マイル(約4.8km)も街がつづくミンダの標高は1600m程で、さながら雲海の上に浮かぶ空中の街のようであった。

 朝食まではまだ時間があったので、少しだけミンダの街を歩いてみることにした。朝日と共に起き、夕日と共に眠る。電気が通っているとはいうものの生活のリズムはお天道様と共にありといった風情で、尾根づたいに1本しかないメーンストリートはすでに人の行き交う姿がある。人の流れに沿うように丘を登るとそこには瀟洒な教会が建っており、中からは祈りの歌が聞こえ、しばらくすると礼拝を終えた人々がぞろぞろと出てきた。面白いことに教会のすぐ横にはお寺も建っている。輝く朝日を背に十字架と金色のパゴタが仲良く並んでいる様は一見不似合いのようにも思われるが、日本でも明治政府が廃仏毀釈政策をとるまでは神社とお寺が同居しているのが当たり前だったわけで、作家高野秀行先生曰く「さながら江戸時代のようなミャンマー」ならばさもありなんといった具合であった。ふと見れば、朝の托鉢に出かける前の小坊主達が自分の頭より大きな托鉢碗をかかえてこっちを見ている。

 

 ゲストハウスに戻り、夕食を食べた同じレストランで朝食をとる。この店には看板娘ならぬ看板娘犬がいた。良く見るとぶるぶる震えていたので、日の当たるコンクリートの上で暖をとっていたよその犬かも知れないが、いずれにせよ、ミャンマーにおける犬の待遇は悪くない。もちろんお犬様として大事にされているわけではないが、ノーリード、ノー首輪は当たり前。好きな時に好きなところへ行き、高床式住宅の上から落ちてくる(飛んでくる?)おこぼれに預かることもある。縄張りのパトロールに出かけたり、仲間とじゃれ合っていても自由、行動は犬の自己責任である(そんな言葉があるかどうかは別として)。散歩と称しておばちゃんの腕で抱かれたまま、足が汚れるからと地面に下ろしてもらえない犬(それはおばちゃんの散歩じゃないのか?)とか、太りすぎて糖尿病だ高血圧だなんていう日本に比べると、こっちの方が犬にとっては幸せなんではなかろうかと、あれこれ思いをめぐらせていたら、いつの間にかガイドのシュエターも来ており山に登る前にチンの伝統的な衣装と文化を見せてくれるという。

 

 

 メインストリートからはずれ砂利道を300メートル程下ると、崖にへばりつくようにして建っている数軒の高床式住居の前でジープが停まった。ルーインさんが「今からマカン・チン族の伝統的な衣装をお見せします」という。今支度をしているということは、普段はもうそういった装いはしていないのであろう。写真集などでみる、あのチン州の出で立ちを間近で見ることが出来る。5分ほど待つと一人の小柄なおばさんが出てきた。右手にはひょうたんで出来た水たばこを持ってズビズビ吸いながら歩いてくる。顔の入れ墨は特徴的な点々模様だ。しかし何が驚いたかといえば、やはりこのイヤリングであろう。耳たぶがちぎれるのではないかと思うような大きさだ。また、隣のばあさんは鼻笛を見せてくれた。笛の作りはフルートや横笛と同じだから口で吹けばいいのにと思うのだが、ひょっとすると歌を歌ったり、何かをしゃべったりするために口を空けておく奏法として発達したのかも知れない。ばあさんに教わりながら見よう見まねで試してみたが全く鳴らない。一応、大学のサークルで尺八と横笛を吹いていた者としては小さいながらもメンツは守りたいところだ。最初は「歳だから吹くのは疲れる」とぼやき節だったばあさんもあまりのダメ弟子ぶりを見かねてか、それとも鼻笛を吹く外人が滑稽だったのか、笑いを堪えながらあれこれ教えてくれたが、結局一音もでることなく鼻笛に完敗した。

 ミンダ中の有名人でもあるガイドのシュエターは子供から大人まで道行く人から声をかけられる。途中、彼は歳の離れた可愛い妹と奥さんを紹介してくれた。あとでルーインさんに聞いたのだが昨日の夜プレゼントした「FLASH」と「SPA」は奥さんも喜んで見ていたそうだ。

恐妻家の私とルーインさんは「やっぱりこいつはすごいよ」と世間とは全く違う点で彼を高く評価した。メインロードに戻ったジープはいよいよ登山道の入口にむけ砂利道を下る。すぐ向こうにコヌン・ドゥン(ヴィクトリア山)の山腹が見えている。ここからは人の足だけが頼りだ。1600mのミンダから一度標高800mの谷底まで一気に下り、今度はVの字を書くように上を目指す。今日の目的地はエイ村。ミンダの人々から「雨季でこれだけ晴れるのは珍しい」と言われた私は晴れ男レコードにまた一つ輝かしい実績を記し、晴天のもと意気揚々と谷を下り始めた。(つづく)

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Comment

  1. 太郎 より:

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    渡さん、本当に文章も写真も上手ですね
    天は二物を与えたのかな?
    こんな感じで旅行記を読めば日本人のお客さんも
    増えますね
    今朝も日本の女性から来年のビクトリア山登山について
    問い合わせが来ました
    渡さんにも会いたいと言ってます
    12月はT先生は美女軍団、渡さんは雪山で来ませんか?
    渡さん、パンラン山、最高だよ!!
     

  2. より:

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    太郎さん、ありがとうございます。
    ミャンマーの雪山、パンラン山行きたいな。
    山頂の寒さと、地上の暑さ、そしてサムライ寿司
    このギャップはたまらんでしょうね!!!

  3. 太郎 より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)
    本当に渡さんの文章は巧いですね、写真も。
    プタオは標高400mですからそこから4,300mまで上がりますから
    結構、いい感じになります。氷点下で食べるマンゴ・プディングも美味いです
    マジで考えようかな、渡さんに登頂記を書いて貰うの・・・・

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