*

辛いけどあとで楽しい奥泉山の登山

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


最近本の感想がとんと書けなかったのは、一つには仕事や雑務で読む時間が少なかったからだが、もう一つの理由は奥泉光『モーダルな事象』(文春文庫)にひっかかっていたせいだ。
この小説はとにかく、長い。
しかも奥泉作品によく見られるように、本筋とは無関係な蘊蓄や雑談が無数に挿入されているから、ミステリなのに「一気読み」からほど遠い。
しかもこの小説は一体何なのだろうか。
いちおうミステリ形式だが、ミステリファンは「こんなのミステリじゃない」というだろう。
ファンタジーやホラーの要素もあるが、そのわりには論理的だし、
純文学というほどマジメでないし、エンタメというほど読者に親切でもない。
思えば、奥泉さんの本はいつもそうだ。
私はワセダの三畳間にいたとき、彼の『蘆と百合』(集英社文庫)を読んで猛烈にハマり、
その後、十数年は新刊が出る度に買っていた。
ここ数年は、毎回あまりに長いのと蛇足が多いことからしばらく遠慮していた。
当時から奥泉さんの本はどのジャンルにも当てはまらないというか、
つかみどころがなかった。
なんだかよくわからないところは妖怪じみているが、そのわりにはえらく論理的で
かつ機械的で、博覧強記にして難解なのに、ときにはコメディがききすぎて薄っぺらかったりもして、
もう「メカニカルな巨大ぬらりひょん」とでも言うしかない。
この本も長すぎて、途中で何度も挫折しかけたが、
「せっかく300ページも読んだのだからあと200ページ頑張ろう」という、登山でもしてるような気持ちで読了した。
ミステリだからちゃんと意外な真犯人が現れるが、それでも普通のミステリにあるカタルシスはほとんどない。
「もう読まなくていい」という、これまた「もう登らなくていい」という登山嫌いが山頂に着いたときと同じ気分になった。
ところがである。
普通のミステリはかなり面白かったものでも、読み終わると急速に印象が薄れ、
「なぜあんなものに時間を費やしたのか」などと思うモノだが、
本書は読了後にじわじわとおかしみや深みが感じられ、
妙に充実してきた。
それもまた、辛かった山行や旅があとになって、「あのときは大変だったけど、今にして思えば面白かったよな」みたいな感想に変わるのに似ている。
実際、次の奥泉山に登山計画を立てている私がいる。
ちなみに、本書の「解説」は高橋源一郎。
奥泉光の小説をどう考えていいか困惑しきっていて、これも笑えた。
      ☆        ☆        ☆
「メモリークエスト2」更新。
記念すべき最初の依頼が到着!
え、マツタケを探せだって?!

関連記事

no image

パキスタンの辺境

週刊プレイボーイのインタビューで集英社の会議室に行ったら 探検部で3年先輩のTさんがふらっと現れた。

記事を読む

no image

言葉を失う映画「魔女と呼ばれた少女」

今3:20AM。こんな時間に覚醒しているのは酒が切れたためだが、今日にかぎってはそれだけではない。

記事を読む

no image

イランの料理をみくびっていた

日曜日、「おとなの週末」で連載開始する「移民の宴」の第2回取材で、 イラン人のベリーダンサー、ミーナ

記事を読む

no image

ハチャメチャな宴

探検部の大先輩である関野吉晴さん(一ツ橋大探検部OB)に「望月さんと一緒に飯食わないか」と誘われ、

記事を読む

no image

盲想、ソマリランド、犬部! 移民の宴

ツイッターを始めてから、書くことがどうしてもブログとダブるため、だんだんブログから遠ざかってしまって

記事を読む

no image

撮影会はないのか

もうここ半年くらい、ずーーーっと思いつづけていることがある。 自分の泳ぐ様子をビデオに撮影してみる方

記事を読む

no image

山松ゆうきちがインドだ

旅行者業界を震撼させた山松ゆうきち『インドに馬鹿がやって来た』(日本文芸社)の、なんと続編が出版さ

記事を読む

no image

高野本、韓国進出第2弾

『ワセダ三畳青春記』が韓国で出版されて二週間ほど経つ。 「河童団」はどう訳されているのかという疑問は

記事を読む

no image

新婚2ヶ月ではありません

こんな時期に不思議なのだが、『西南シルクロードは密林に消える』(講談社文庫)が 重版になった。 王

記事を読む

no image

いい人症候群の後遺症

震災以来、突然「いい人」のふりをしてしまう恐ろしい伝染病「急性いい人症候群」に冒されていたが、 ここ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年11月
     12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
PAGE TOP ↑