*

可哀想なレビュアーの話

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


角田光代の『紙の月』(角川春樹事務所)を読んでから、アマゾンのレビューを見た。
「駄作です」というタイトルの、こんな痛烈なレビューがあった。
新聞の書評で購入してみましたが完全な駄作です。売らんがための書評と見られます。主人公の女性もその若い恋人も全く実態感がありません。
これは作者の社会、人生経験が乏しく、無理やり構築した人物像だからでしょう。せっかく高い本を買ったのだからと眠い目をこすりながら読み続けましたが、半分ほど進んだところでとうとう本を投げ出しました。そして最後の章へジャンプしました。
極めてありきたりなエンディングが待っていました。
……。
いやあ、つい笑ってしまった。
正直言って、この人の意見に私は9割方同感なのだ。
「全く実態感がない」は言い過ぎと思うが、話を作り込みすぎて、かったるい。
半分ほど進んだところで、本を投げ出しかけたのだが、杉江さんが絶賛していたことを思い出し、「どうせなら、最後まで読んで、『あの本のどこが面白いの?」と問い詰めてやろう」と、我慢して読み進めた。
すると、どうだろう。
その直後から急に面白くなってきたのだ。
いや、面白いというありきたりな表現ではすまない。
生まれて初めてジェットコースターに乗ったときのように、怖い。
この本は、一億円だかを横領したOLがタイのチェンマイに逃げるという筋書きだが、
その辺は実はどうでもいい。
主人公の女性が男に狂い、カネに狂っていくさまがサスペンスなのだ。
だから最後だけ読んでも意味がない。
ちょうどその可哀想なレビュアーが読まなかった部分がすごいのだ。
「今更角田光代?」と思う人にこそ、読んでほしいと思う。
いや、角田さん、怪物だわ。

関連記事

no image

タンデム三輪車「トライデム」

拙著『異国トーキョー物語』の最終章に「盲目のスーダン人留学生・マフディ」という男が出てくる。 本名は

記事を読む

no image

サッカーファン強化合宿

高橋源一郎の小説『「悪」と戦う』(河出書房新社)を読む。 文学が成り立つ前提をとっぱらうというタカ

記事を読む

no image

落語界の奇才、小説もいけるのか!

春風亭昇太がリーダー役を務める創作話芸アソーシエーション、略してSWA。 私は昇太さんの独演会も好き

記事を読む

no image

エル・ニーニョ

レイモンド・チャンドラー『リトル・シスター』は、訳はいいんだけどいかんせん原作がぐちゃぐちゃの失敗作

記事を読む

no image

妻がブータンに夜這いに…

今朝、妻がブータンに出かけた。 7月に引き続き2回目だが、今度は取材で二週間行くという。 「何やるの

記事を読む

no image

意識が

「婦人公論」の書評コーナーでインタビューを受ける。 本を出すたびに、こういうふうに反響がくるのはあ

記事を読む

no image

3回目のボリショイ・サーカス

「本の雑誌」9月号の特集「エンタメ・ノンフ座談会」のゲラを校正する。 これがメチャクチャおもしろい。

記事を読む

no image

大分→東京→ソウル

以下、ほぼ業務連絡。 昨日の早朝に東京を発ち、急遽大分へ飛び、竹田市まで往復、 昼は暑さに驚き、夜は

記事を読む

no image

ラジカル佐藤英一先輩逝く

昨日は大阪に行ってきた。 早大探検部で私より2つ上の先輩が心筋梗塞で急逝し、その告別式があったのだ

記事を読む

no image

もう一つのキンシャサの奇跡

映画「ベンダ・ビリリ もう一つのキンシャサの奇跡」を渋谷のイメージフォーラムで見た。 もう一つのキ

記事を読む

Comment

  1. KEI より:

    今日は、本についての駄文を書き散らしておるものです
    こちらの記事にリンクさせていただきました
    もしよろしければ遊びにいらしてくださいませ

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年7月
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031  
PAGE TOP ↑