*

かっこいい公務員たちの物語

公開日: : 高野秀行の【非】日常模様

片野ゆかの『ゼロ!こぎゃんかわいか動物がなぜ死なねばならんと?』(集英社)が本日発売である。

前回ベストセラーになった『犬部!』(ポプラ文庫)に次ぐ犬モノ第二弾、今度の舞台は熊本の動物愛護センターだ。

毎年、何千頭という犬を殺処分していたのを、およそ10年でほぼゼロにしてしまったという奇跡の物語…というと、なんだか感動秘話みたいなイメージがするし、可哀想な動物が助けられてよかったね、みたいな感想になりがちだと思うのだが、実は、この本を読んでいると(というか私は妻に取材の話を直接聞いているわけだが)ちょっとちがう。

何の罪もないかわいい動物が無意味に殺されるということは、何の罪もない動物を殺す人がいるということだ。誰が殺しているのかというと、動物愛護センターの人たちなのだ。彼らは犬やネコを毎週、直接手を下して殺すだけでなく、もうすぐ殺すことになる動物を心ない飼い主から引き取ったり、自分が殺すことになる動物の世話をしたりしなければならない。

屠畜場のようにそれが肉になり、貴重な食べ物になるならともかく、殺された動物たちは何の役にも立たない。

ただでさえ辛い仕事なのに、これまた心ない(というか何も考えていない)自称動物愛護家や自称・犬好きなどから「犬殺し!」「猫殺し!」と罵られ、「動物愛護センターっていっても、所詮動物を殺すところじゃん」などと市民から平気で言われてしまう。

犬やネコが特に好きでなくてもこんな職場は辛すぎる。まして犬好き、猫好きなら耐えられない。

「もう動物を殺したくない!」
ある日、職員の一人がそう思った。その思いが他の職員たちにも伝わり、「よし、殺処分をゼロにしよう!」という壮大な目標に向かって、みんなが動き出した。周囲の多くの人は「そんなものは夢物語だ」と相手にしなかったのに。

そう、これは単なる動物愛護の話ではない。自分の仕事が嫌なら、いかにそれを好きな仕事に変えていくかという、
「仕事モノ」ノンフィクションなのである。

熊本市動物愛護センターは今は本当に動物の面倒を見て、新しい飼い主を探し、犬やネコが幸せにする手助けをすることを仕事としている。
片野の話ですごく印象的なのは、「センターの人たちは仕事が増えることを全然苦にしてない。むしろ喜んでいる」というもの。

多くの日本人は過酷な労働に悩まされているという。
その対処法は、ふつう「仕事の時間を短くする」「負担を減らす」というものだが、なんといってもベストなのは、
「仕事を楽しくする」ということだ。
自分の仕事を楽しくするために全力で戦った熊本の公務員たちはかっこいい。

ちなみに、片野は熊本へ取材に通っていたが、職員をはじめ関係者に話を聞くのはもっぱら居酒屋だったという。
馬刺しを肴に米焼酎「しろ」を傾けながらでないと、照れ屋の熊本県人のみなさんはなかなか話をしてくれないそうだ。
それもまた、私にとても親近感を抱かせるのである。

関連記事

no image

未確認思考物隊の新テーマ

保江邦夫『武道VS物理学』(講談社α新書)はあまりに凄い本だった。 癌を患ったひょろひょろの世界的

記事を読む

no image

大家のおばちゃんには誰も勝てない

日曜日、「野々村荘」の大家のおばちゃん宅で宴会をした。 久しぶりに会うおばちゃんは齢83という高齢で

記事を読む

no image

だめだめスウェーデン刑事小説

ヘニング・マンケル『殺人者の顔』(創元推理文庫)を読む。 「スウェーデンが世界に誇る警察小説シリー

記事を読む

no image

オススメ土着的流行歌

今日は珍しく音楽の紹介をさせていただきたい。 シングルCD エコツミ「さくらの日」 二年前になる

記事を読む

no image

「アジワン」発売!

妻・片野ゆかの新刊が発売された。 小学館ノンフィクション大賞受賞第一作は、超脱力フォトエッセイ「アジ

記事を読む

no image

ミャンマーがハリウッドになった!?

『ミャンマーの柳生一族』で、「ローマの休日」をパクッた武田鉄矢主演の映画「フォトグラファー・アンド・

記事を読む

no image

この地獄を見よ

丸善ラゾーナ川崎店のエンタメノンフフェアに触発されて 仕事もそっちのけで読みまくっている。 この二

記事を読む

no image

妻がブータンに夜這いに…

今朝、妻がブータンに出かけた。 7月に引き続き2回目だが、今度は取材で二週間行くという。 「何やるの

記事を読む

no image

内澤旬子と三匹の豚

ジュンク堂新宿店で、宮田珠己部長、内澤旬子副部長とトークショーを行った。 本来、宮田部長が『スットコ

記事を読む

no image

いわゆる「エア取材」

咳がひどいため医者に行ったところ、「咳喘息」と診断された。 私は小学生の頃喘息でひじょうに苦しんだ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年10月
     12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
PAGE TOP ↑