アイスランドの陰鬱極まりない五つ星ミステリ
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高野秀行の【非】日常模様
土曜日、「王様のブランチ」で「みらぶ~」が紹介された。『舟を編む』で本屋大賞を受賞した三浦しをんさんが賞金10万円で買った本のうち、
2冊だけ、画面上で紹介され、その一つが「みらぶ~」だったのだ。
タナボタであった。
これで「みらぶ~」は2日連続でテレビ出演したわけだが、何か効果はあるだろうか。
☆ ☆ ☆
先週から珍しく胃腸の調子が悪く、どうにもテンションが上がらないのだが、
もしかするとアーナルデュル・インドリダソンの『湿地』(東京創元社)を読んだせいかもしれない。
実はインドリダソンは以前、ドバイだかバンコクだか忘れたが、どこかの空港の本屋で「Arctic Chill(北極の悪寒)」という英語訳を買って読みかけたことがあった。
全く見知らぬ著者名だったが、「アイスランドのミステリ」がそそられたうえ、被害者がタイ移民の少年で、背景にはアジア系移民と移民嫌いの一派の対立があるというような惹句にひかれてしまったのだった。
アイスランドなんて、木も生えていないそれこそ北極の地に、あののほほんと明るくてゆるゆるなタイから移住する人がけっこういるということに驚いた。
もっとも、小説を読み始めると、想像以上に陰々滅々としている。凍り付いた地面、降っては止み止んでは降る雪。
登場人物の誰一人、覇気のある人がおらず、刑事たちはにやりとさえ笑わない。
もともと英語を読むのが別に得意でもないし、この陰鬱さに負けて、止めてしまっていた。
そのインドリダソンが初めて邦訳されたらしい。私が挫折した「北極の悪寒」より前の作品で、新聞に巨大な広告が出ていたのを見て買ってしまった。
もしかしたら、前回は私の英語力が乏しかったためにあれほどまで暗い印象だったのかと思ったが、日本語で読んでも、そして別のストーリーなのに、甲乙つけがたい陰鬱さ。
主人公の刑事は、ずっと前に離婚して、子どもは息子と娘がいるが、両方ともヤク中。事件を解きほぐしていくと、次々と陰惨な過去が明らかになっていく。
そして、捜査の間中降りしきる秋の氷雨。
とりたてて意外なトリックも意外な犯人もなく、最後まで気が滅入ったままで終了したが、読後にずーんと腹に響くものがある。
読んでいる間は楽しくて興奮するが、読み終わると今朝見た夢のようにあっという間に印象が薄れていくミステリが大半であるなか、
読後に印象が強まっていくものは珍しい。
評価をつけるなら、五つ星しかない。
前に挫折した「北極の悪寒」に再挑戦したくなったくらいだ。
ところで、一つ不思議だったのは、事件の謎を解くために、30年前に亡くなった子どもの墓を掘り起こし、死因を確かめるというシーン。
ごく当たり前のように棺桶から遺体を取り出して、解剖に付している。
土葬で腐らないのだろうか。ミイラ化もしくは屍蠟化しているのかとも思ったが、何もそれには触れていない。
なんというか、つい昨日埋葬した遺体を掘り起こすように、当たり前に書かれているのだ。
埋葬するときなんらかの防腐処置を施しているとも考えられるのだが、実はそんな問題じゃないようだ(ネタバレになるからこれ以上書けない)。
アイスランドだから可能なのだろうか。
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