アフガニスタン本ベストワンはこれだ!
公開日:
:
最終更新日:2012/08/28
高野秀行の【非】日常模様
前にここで紹介した石井光太・責任編集『ノンフィクション新世紀』(河出書房新社)で、国分拓と柳下毅一郎の二人がノンフィクションベスト30に挙げている
モフセン・マフマルバフ『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』(現代企画室)を読んでみた。
ベスト30なんて多すぎると思うかもしれないが、無数にあるノンフィクションの傑作の中から30冊を選ぶのは難しい。私も相当削って選んでいるが、それでもあとで他人のベストをみて、「あ、こんなのがあった!」と気づいたのが何冊もあった。
だから、16人の作家や編集者が選ぶベスト30は複数重なるものがめったにない。もし重なっているとすれば相当の傑作である可能性が高い。だから『アフガニスタンの~』をまず手にとって見たのだ。
マフモルバルはイランの映画監督であり、アフガニスタンを撮った「カンダハール」という作品を私も観たことがある。
正直言って、いかにもイラン的な純文学テイストの映画で全然私好みではなかったが、本のほうは最高に私好み。
いや、好みかどうかなんてレベルではなく、こんなに薄くて1時間もあれば読み終わる本の中に、アフガン問題の主な要素とデータが全部詰まっているのが驚異だ。
いちばん驚いたのは「デュランド線」。
1893年、パキスタンがインドから独立する以前、アフガニスタンはインドと国境を接しており、「パシュトゥニスタン」をめぐって、アフガニスタンとインドの間で深刻な対立があった。
パシュトゥニスタンとは現在のアフガニスタン南部からパキスタン北部にわたる地域のことだ。
イギリスはデュランド線という国境線を引き、百年後インド地域のパシュトゥニスタンはアフガニスタンに返還されるという条件で、パシュトゥニスタンをインドとアフガニスタンに分割した。
その後パキスタンがインドから独立してパシュトゥニスタンの半分はパキスタン領となった。パキスタンの全領土の半分にもあたる広大な地域だ。
国際法に従えば、パキスタンは1993年にパシュトゥニスタンをアフガニスタンに返還していなければならない。
返還はもちろん、そんな話が出るだけでもまずい。だからこそ、パキスタンはタリバンという親パキスタンの兵士を育てアフガニスタンの支配権を確立させた。他にも理由はあるがそれが第一の理由だというのである。
私はこれまでずいぶん多くのタリバンに関するニュースを読み、何冊か本も読んできたが、どういうわけか、このシンプルな説明に出会ったことがなかった。
試しにウィキペディアも今見てみたが、やはり載っていない。
もちろん、インドと対抗するうえでアフガニスタンとまで対立したくないとか、イスラム過激派の拠点をつくりたいとかという説明もわからないではないが、
「デュランド線」にはパキスタンのひじょうに切迫した気持ちが伝わってくる。
本書は、ものすごくコンパクトにアフガニスタンの核心だけを鷲掴みにしている。
麻薬の密輸や、人身売買と難民の関係なども恐ろしいくらいにシンプルで説得力がある。
著者がアフガニスタンに精通している故に、何が核心で何が些末なのか見分けられ、核心だけを書くことができたのだろう。
データと実感の両方がそろっていて、ノンフィクションはかくありたいと思わせる。
本書が書かれたのは米軍のアフガニスタン侵攻以前であり、「問題の根本は世界がアフガニスタンに無関心すぎること」という著者の主張は今は通らない。
今は世界の関心がいくらあっても問題は解決していないからだ。
にしても、アフガニスタン問題について書かれた本の中で入門書にしてベスト1は本書に間違いないだろう。
批判も議論も、本書を叩き台にして始めるしかない。
唯一の問題はタイトルも著者名もさっぱり憶えられないことで、これでは手元に本がないと人に勧めることができない。
まあ、それは私の脳の問題なのだけれども。
関連記事
-
第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞しました
ほとんどの人は梅棹忠夫・山と探検文学賞なる賞を知らないと思う。 かくいう私も、角幡唯介『空白の五マ
-
ポルターガイストで訴える
「未確認思考物隊」の第5回と第6回のテーマは「心霊」だが、 おかげさまで両方とも私のリポート出動はな
-
太平洋もインド洋も波高し
私の「ビルマ・アヘン王国潜入記」英語版"The Shore beyond Good and Evi
-
連投初戦で同志発見?!
先週の木曜日から月曜(昨日)まで、5日間で4回の飲み会。 しかもほぼ全てが深酒。 まるで昔の稲尾
-
頼るのは自治体でなく郵便と宅配便
今さっき、カメラマンの鈴木邦弘さんと久しぶりに電話で話した。 鈴木さんとはかつて一緒にコンゴに行き(
-
『誰も国境を知らない』
西牟田靖『誰も国境を知らない』(情報センター出版局)の書評を 「北海道新聞」に書く。 新聞の書評は
Comment
わたしは梅棹忠夫さんの『モゴール族探検記』(岩波新書)がすきで、
なんどもよみかえしています。
50年以上もまえにかかれた本なのに、
民族問題についての分析と予想は、
まさに梅棹さんが指摘したとおりにすすんだといえます。
舞台はアフガニスタンですし、
高野さんのおすきな「ことば」についても
おおくふれられています。
高野さんがどんな評価をあたえられているのか
おしえていただけけたらとコメントしました。
おお、モゴール族探検記! 私も学生時代に読みましたよ。でも内容は何一つ憶えてないですね。
最近ではその存在すら忘れていました。
そうですか、民族問題の現状は梅棹先生の指摘したとおりなんですか。
さっそく読んでみます!
ウィキペディアでは「デュランドライン」で検索すると出ました。
イギリスがアフガニスタンからぶんどったパシュトゥン人地域は今でも「部族地域」としてパキスタン政府の統治が及んでいないし、それほど広くない地域なので手放してもよさそうな気がしなくもないのですが、ここを手放してしまうと更に南の広大なバルチスタン州(イギリスがぶんどったペルシアの属領)を手放さなくてはいけなくなるということなのだろうと思います。パキスタンという国の国境線が矛盾に満ちていることがよくわかりました。
えーっと、著者の名前が間違っているんですが。
モフセン・マフモルバル→マフマルバフ
マフマルバフは映画人一家としても有名で、娘も奥さんも映画を撮ってます。「カンダハール」以外の彼の作品も日本では映画祭などで上映されてます。私が一番好きなのは警官襲撃という彼の実体験を再現する試みの「パンと植木鉢」、やらせドキュメンタリーのような「サラームシネマ」です。どちらもどこまでが劇映画でどこまでがドキュメンタリーか判然としない、不思議な魅力に満ちた作品です。
ご指摘をありがとうございます。
「著者の名前が憶えられない」と言っていて、本当に間違っているとは…ダメダメですね。
イランの映画は好みではないですが、機会があれば、この監督の他の映画も見てみますね。