*

謎の音楽家or神秘思想の徒バウル

公開日: : 高野秀行の【非】日常模様


ソマリランド本の仕事から解放されてからは、本が思うように読めてとても嬉しい。
先週も面白い本をけっこう読んだ。
川内有緒『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)もその一冊。

バングラデシュにはバウルという流しのミュージシャンがいるという。
あちこちを放浪しながら伝統的な歌をうたうとのことで、吟遊詩人をも思い起こさせる。
そのバウルを探して、バングラデシュのあちこちを(12日間という短期間ながら)訪ねて回った旅の記録だ。

「地球の片隅に伝わる秘密の歌」とあるが、実際にはバングラデシュのそこら中にいるし、
なによりユネスコの世界無形遺産に指定されているから、知っている人は知っている。
日本にもバウル歌手が何人も来日しているし、日本人でバウルになった人もけっこういるという。

だが、このバウル、何が興味深いかというと、ミュージシャンだけでなく神秘思想の徒だということ。
バウルをよく知る映画監督によれば、バウルは3種類に分類できるという。

1.ミュージシャン
2.瞑想を主に行い、演奏はしない修行者
3.瞑想と演奏を両方行う修行者にして音楽家

実際にはこの3つのカテゴリーは明確な区別もなく混在しているようだから
実情を把握するのはひじょうに困難。
また修行内容は師匠から弟子へと秘伝のように伝えられるので、そもそも外部の人間がそれを知るのが難しい。

だいたいにして、その修行がなんなのかわからない。
宗教ではないとバウルの人たちは口を揃える。
だいたいにして、バングラデシュのバウルはみな、ムスリムなのだ。
インドのベンガル州にもバウルはいるが、そちらはヒンドゥー教徒らしい。

じゃあ、何か?
「道」だという。

道? 何の?

「生きる道」とか「自分を知ること」などと修行者の人たちやグル(教える先生)は答える。
すごく漠然としている。

さらに奇妙なのは、バウルの思想の中に「子供は作らない方がいい」という考え方や伝統があること。
ムスリムでこんな考え方をするのは異常というしかない。
だいたい、バウルの人たちは別に出家者ではなく、ふつうに暮らしているのだ。

子供を作らない理由もよくわからない。
「たくさん子供を産むと女性が早死にしてしまう」とか「射精すると命の雫、つまりその人の持っていたパワーを落としてしまう」とか
「より美しい世界を創るには自分より優れた子を産むしかないが、未来の子供のことなんかわからないから、
子供を作らないにこしたことはない」とか、
いろんな不可思議な理由を人々は説明する。

「行為の最中に射精をコントロールして出さないようにする修行」なんてものがあり、
「これをコントロールできれば、すべてがうまく行くと言ってもいい」というグルまでいる。

いや、それはものすごい修行だ。
一切の性欲を禁止するよりはるかに過酷だ。
ていうか、無理でしょう。

ネットでバウルの音楽を探して聴いても、「インドっぽい音楽」としか思えない。
曲よりも歌詞に特徴があるのだ。
シュールレアリスムの詩のようで、ひじょうに独特である。
それについては、ぜひ本書を読んでほしい。

ちなみに、あとで思い出したのだが、私も、バウルの修行と似たことを行っているインド人のグループと
日本で出会ったことがある。
いずれ別の機会にそれを書いてみたい。

関連記事

no image

鍵は辺境にある!らしい

すごい本が出たものである。 内田樹『日本辺境論』(新潮新書)。 「日本人とは何ものか? 鍵は『辺境

記事を読む

no image

卵ゲップ病

 昨日の晩、イシカワに電話をしたところ、「帰ってからも下痢が止まらなくて、参った」という。  それは

記事を読む

no image

失われた聖書男を求めて

A.J.ジェイコブズの『聖書男 現代NYで-「聖書の教え」を忠実に守ってみた1年間日記』(阪急コミュ

記事を読む

no image

「中国人の本音」

人気ブログ「大陸浪人のススメ」の管理人で、それを書籍化した「中国人の本音 中華ネット掲示板を読んで

記事を読む

no image

在日外国人支援ボランティア

世界中の人たちに二十五年もお世話になりつづけている。 そろそろ何か恩返しをしなければと思い、 在日ア

記事を読む

no image

正月には柳昇師匠がよく似合う

ここ数日、なんだか正月のような気がしてならない。 そう言うと妻に「は?」と呆れられたが、寒くて晴れて

記事を読む

no image

だからアメリカは嫌なんだ!

今、バンコクであります。 今回、フライトがノースウェスト航空。9.11以来アメリカの飛行機に乗るのは

記事を読む

no image

「ムベンベ」映画化企画

拙著『幻獣ムベンベを追え』を映画化したいというオファーが来た。 しかもアニメかと思ったら実写である。

記事を読む

no image

愛するマンガ

今、私がいちばん愛しているマンガはこれです。

記事を読む

no image

ソマリランド療法の勧め

なんとか取材の目処がつき、来週の8日(金)に東京に着く便を予約した。 ソマリ人は、私にとって、おそら

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年8月
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
PAGE TOP ↑