2015年読んだ本ベストテン<ノンフィクション>
公開日:
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最終更新日:2016/01/22
高野秀行の【非】日常模様
今年はブログをほとんど書かなかった。
というか、最近はブログがあったことすら忘れていた。
とても余計な文章を書く余裕がなかったのだ。
でも、年間ベストテンだけはやっておきたいと思い直した。
私の本も年間ベストに選んで頂いたからだ。
『恋するソマリア』は読売新聞でノンフィクションライターの渡辺一史氏が今年の3冊に、
そして「ダ・ヴィンチ」では2015年のエッセイ・ノンフィクション部門で8位に、
『世界の辺境とハードボイルド室町時代』は日本経済新聞で井上章一氏が同じ今年の3冊に、
さらに鴻巣友季子さんも週刊ポストの「『日本とは何か』『日本人とは何か』を考える2015年の一冊」に、
それぞれ選んでいただいた。
選んでもらうのはやっぱり嬉しいものだし、売上げにもつながる(と思いたい)。
ならば、私も今年読んで「この本は本当によかった。ぜひみなさんに薦めたい」という本を選ぶべきではないかと思ったのだ。まあ、選ぶのは楽しい作業でもある。
ただ、今回は一つ困ったことがある。
最近ノンフィクションの書き手の知り合いが増えてしまい、
その人たちの作品に順位をつけにくくなったのだ。
でも順位のついてないベストテンは面白くない。
しかたないので、「直接の知り合いは外す」という条件でノンフィクション・ベストテンを選びたい。
<2015年ベスト・ノンフィクション>
1.『日本の土 地質学が明かす黒土と縄文文化』山野井徹(築地書館)
日本全国とくに東日本に多い黒土や関東ローム層は火山灰が堆積したものではなく、縄文人の野焼きの跡だった!という衝撃的な新説を地質学者が綿密なデータや文献資料にて論証した一冊。専門的な細かい話は正直よくわからなかったが、大筋は理科が苦手な私にもよくわかった。読書の醍醐味である、「常識がひっくり返される快感」がここにある。この説に対し、誰か専門家は反応していないのだろうか。その辺も気になる。
日本の韓国植民地統治期批判を繰り返す左翼良心派の人々のおかげで、実際の朝鮮統治期を「忌避する」態度「避関心」を生んだとする在日コリアンの編者が、統治期の実際を紹介するために、当時の様子について朝鮮人と日本人が書いたエッセイを選りすぐった。まだ読んでいる途中だが、むちゃくちゃ面白い。左派の人たちは「日本は戦前・戦中アジア諸国に対してひどいことをした」と言い、右派は「戦前の日本人は偉かった」と言うが、それが同時に現れている箇所が少なからずあるのだ。正確に言えば「戦前には戦後の日本にはいないタイプの素晴らしい人がいた」となるだろうが。まさにタイムリーな一冊。
3.『野の医者は笑う 心の治療とは何か?』東畑開人(誠信書館)
「アカデコミカル・ノンフィクション」と帯に書いてあり、一体何かと思ったら、沖縄在住の若き心理療法士が沖縄を席巻するヒーリング・ワールドに潜入していった様子を、おもしろおかしく書いていた。フィールドワークするつもりが、自分も無職になり、ヒーラーに真剣に相談していくという、どっちがどっちを巻き込んでいるのかわからなくなる面白さもあれば、沖縄でなぜヒーリングがこんなにも盛んなのかという謎を見事に解きほぐすミステリ・ノンフィクションでもある。途中で私の名前が突然、登場したのに度肝を抜かれた。
4.『黒い迷宮 ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実』リチャード・ロイド・バリー(早川書房)
今年は早川書房の面白い本が多かった。これもその一つ。日本を熟知する外国人の本はえてして面白いが、
これはそのレベルを軽く超えていた。事件の異様さだけでも本格ミステリ真っ青だし、日本の警察がいかに「自白主義」に陥っているかや、加害者の異常な生い立ちと行動、被害者の遺族の人間ドラマなど、見所が多すぎる。
5.『恋する文化人類学者 結婚を通して異文化を考える』鈴木裕之(世界思想社)
最近、エッセイや一般向けの本を面白く書ける研究者がすごく増えてきた。『野の医者は笑う』の東畑さんもそうだし、この鈴木先生もそう。なんせ帯の惹句が「ラヴ・ロマンス風文化人類学入門」である。コート・ジヴォワールでストリート文化と音楽のフィールドワークを行っていた若き研究者は、人気女性歌手と恋に落ち、結婚することになるが、結婚と式へのプロセスは予想もつかないものだった……。私もこういう文化人類学者になりたかったとつくづく思わされる一冊。
6.『女装して一年間暮らしてみました』クリスチャン・ザイデル(サンマーク出版)
性同一性障害でもないのに、女装にハマったドイツ人男性の体験記。女装すると男らしさから解放されるさまがユーモアたっぷりに描かれる。日本に比べたらはるかにリベラルそうなドイツでもジェンダーの縛りは大きいようだ。「男物の服には『冒険家』と『スポーツマン』しかない」という名言には笑った。
7.『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』阿古真里(新潮新書)
私は料理研究家の名前など何一つ知らなかったし、女性史にも無知だが、それでも十分に面白かった。日本はこの百年くらいずっと生活が変わり続けているために、母が娘に料理や生活様式を教えられないということが料理研究家を必要とする土壌になっていることがわかる。もちろん、母から娘へという形式も変わってきているわけだが。料理のノウハウやトリビアも満載。細かいところは忘れてしまったので、正月にもう一度読み直したい。
8.『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』ケイト・サマースケイル(早川書房)
田舎で起きた謎の殺人事件。周囲から孤立した館。込み入った人間関係、無能な現地警察、そこへ首都から乗り込む名探偵……といった、いわば「コテコテの殺人事件」は19世紀イギリスで実際に起きた事件がもとになり、ミステリ小説の王道となっていったという、全く驚きのノンフィクション。こんな本を私も書いてみたい。
これも研究者の本。理論物理学の最先端を研究していながら、こんなに面白い一般向けの本まで書いてしまうのだから、私のように書くだけしか能がない人間はどうしたらいいのだろう。ほんとうに深刻な問題なのです。
10.『カチン族の首かご 人喰人種の王様となった日本兵の記録』妹尾隆彦(文藝春秋新社)
ずっと前から持っていたが、あまりなタイトルのため、手に取る気もおきなかった。ところが今回、カチンの納豆について書くおり、資料の中からふと取りだして読み始めて驚いた。ものすごくきちんとした正統的な体験ノンフィクションなのだ。地図やルートも克明に記録され、私の知識・経験とも合致する。文章は端麗で、物語は抜群の面白さ。文庫化を強く希望する次第。ちなみに、カチン族が人食い人種だというのは著者の勘違いのようである。あと、この本が発行された昭和32年、文藝春秋は「新社」だったのか。
以上です。
その他、私が面識のある人が書いた面白い本はというと、年始めに「kotoba」で対談した野崎歓先生の本はどれも面白い。特に『翻訳教育』など。
木村元彦さんの『オシム、終わりなき闘い』(集英社インターナショナル)は万人にお勧め。オシムさんはネルソン・マンデラ級の偉人じゃないかと思う。
早稲田大学エクステンションセンター講義で担当していただいた正木香子さんは、どんなフォントも一目見ればわかってしまうし、記憶してしまうという「絶対音感」ならぬ「絶対文字感」の持ち主。それを、小川洋子さんのような静謐な文章でまとめた不思議な本が『文字の食卓』(本の雑誌社)。
文庫化された川内有緒さんの『バウルの歌を探しに』(幻冬舎文庫)の装丁を手がけた矢萩多聞さんの『偶然の装丁家』(晶文社)は実に不思議な生命観の流れる本。
私の知り合いであるベテラン・ジャーナリスト二人は、ひじょうに似たテーマで、同じように質の高いノンフィクションを書いている。瀬川正仁『老いて男はアジアをめざす』(バジリコ)と水谷竹秀『脱出老人』(小学館)。
前者はタイ(一部カンボジア)で主に男性が現地の女性を求めて行く話、後者はフィリピンで、男性にかぎらず、高齢者が日本を出てフィリピンに移住する話。どちらも最終的には「人間の幸せとは何か」という哲学的なテーマにたどり着くのだが、「もし移住するならこうしたら失敗しこうしたら成功する」というノウハウも満載で思わず将来のためにメモをとってしまう。
服部文祥さんの本は年々読みやすくなっている。『ツンドラ・サバイバル』(みすず書房)は何度も声を出して笑ってしまった。
安田峰俊さんの『和僑 農民、やくざ、風俗嬢。中国の夕闇に住む日本人』(角川書店)は類書のない強みを感じる。中国人に化けて取材しても相手に気づかれないほど、中国語力のある安田さんならではの仕事だろう。
納豆取材でお世話になっている明治大学の張競先生の『中国料理の文化史』(ちくま文庫)は目から鱗連発。宋代までは中華料理はさっぱりしていて日本の料理みたいだったとか、かつては豚を卑しんであまり食べなかったとか。
以上です。
中には記録しそこなっている本もあると思う。仕事じゃないのでその辺はてきとう。あと、私が書評で書いた本はどれも面白かった。そうでなければ、決して書評を書かないので。そちらも参考にしてください。
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木村政彦さんの『オシム、終わりなき闘い』
木村元彦さんですよね。