*

アフガンのケシ栽培の謎(2)

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


 アフガンのケシはなぜそんなに大きい実がなり、ミャンマーの4倍ものアヘンがとれるのか?
 一つには品種のちがい。
 バラやツバキのように、人間が改良していった植物であるため、いろいろな改良品種があるという。
 ミャンマーはイラン種と呼ばれる品種(=写真)。別にイランからやってきたわけではなく、単にそういう名前がついているだけだ。
 いっぽう、アフガンではトルコ種が一般的。このトルコ種というやつが「どっしりとした大きな実をつける」という。
 しかし、もっと肝心なのは栽培方法である。
「アフガンではケシに水や肥料をやる」と聞いて、私は「えー!」と大声で叫んでしまった。
 ミャンマーではありえないからだ。
 ミャンマー及びその周辺の「ゴールデントライアングル」では、ケシ栽培は焼畑か、もしくはその延長線上にある。森を切り開いて畑を耕して種まきしたら、あとは草取りしかしない。
 水を撒くといっても、私の住んでいた村など、人間が水浴びする水にも事欠くような山の中である。畑にまくなど、ありえない。
 ましてや、肥料など、ケシだけでなく、どんな作物にもやらない。
 村人は「肥料」という概念を知らないように見受けられた。
 ところが、アフガンでは水をやり、肥料をやるという。
 しかも、ケシは肥料をやるとすごい勢いで成長するという。さらに、肥料をやるのを止すと、即座に成長をやめ、花を咲かす。
 しかも、どのケシも人間の腰の高さで一斉に開花する。
これもミャンマーのケシ栽培に従事していた私には驚きだった。
 というのは、放置プレイで作るケシは、個体差がひじょうに大きい。胸の高さまであるものもあれば、腰くらいのもある。てんでんばらばらなわけだ。
 実も大きいものもあれば、小さいものもある。
 ケシからアヘンを採集するのは、別にたいへんな作業ではないから、高さや大きさがバラバラでもかまわないのだが、全部が同じサイズでずらーっと並んでいるとはすごい。
 まるで、日本の管理された畑のようだ。
 後藤先生によれば、アフガンでは灌漑設備を備えたケシ畑もあり、「あれはちゃんとした農業ですよ」と言っていた。
 「うーん」私は唸ってしまった。
 アフガンとミャンマー。マスメディアでも国連報告など専門調査機関でも、どちらも「貧しい山岳地帯の農民が現金収入を得るためにやむを得ずケシ栽培をやっている」と説明されている。
 ミャンマーはまさにその通りだ。だから、やり方も素人っぽく、何も技術らしきものはない。
 ところが、アフガンの方はもはや伝統的農業として確立されているようなのだ。
 ケシ栽培は、地中海に始まり、トルコ→イラン→アフガン→パキスタン→インド→中国・東南アジア、と東へ東へと進んできた。このルートは、ほぼ「西南シルクロード」と一致する。
 西南シルクロードとは、いわゆるNHKでやってる北方のシルクロードよりも古い時代から発達していた、もう一つの古代通商路で、中国四川省の成都付近からアフガンのマザリ・シャリフ辺りまで達していた。
(詳しくは拙著『西南シルクロードは密林に消える』(講談社)をお読みください)
つまり、アフガンのほうが圧倒的にケシ栽培の歴史が古い。ミャンマーに伝わったのは20世紀初めくらいじゃないかと思うが、アフガンでは少なくとも13,14世紀には栽培が開始されていたと思われる。
 いいなあ、伝統があり、かつ農業として確立されたケシ畑とアヘン生産。
 アヘンがどっさり取れる柿のようなケシの実。
 想像しただけでワクワクするのは私だけだろうか。
 機会があれば、ぜひアヘン収穫の時期に出かけて、お手伝いさせてもらいたいものです。

関連記事

no image

辺境ミステリの醍醐味

 私はついこの間まで「辺境作家」と名乗っていたくらいの辺境好きだが、年を追うごとにその度合いがど

記事を読む

no image

怪談実話系7で「神隠し」

『怪談実話系』というシリーズをご存じだろうか。 実話という建前で、でもフィクションも交えた「怖い話

記事を読む

no image

U-50枠に入る

早大探検部OB会に久しぶりに出席。 うちのOB会は隔月で開催されており、 この日も出席者は30人以上

記事を読む

no image

ムベンベ写真本

お盆休みが終わってしまい、プールも混みはじめてきた。 残念である。 ところで、『幻獣ムベンベを追え』

記事を読む

no image

ビンゴ大会で優勝

火曜、水曜と一泊二日で千葉の海辺へ両親と弟一家の総勢9名で出かけた。 一族旅行など初めてのことだっ

記事を読む

帰国しました&怪談本

ミャンマー納豆取材旅行を終え、金曜日に帰国した。いつもは誰も知らないものを探す私だが、今回は「誰もが

記事を読む

no image

可哀想なレビュアーの話

角田光代の『紙の月』(角川春樹事務所)を読んでから、アマゾンのレビューを見た。 「駄作です」という

記事を読む

no image

だめだめスウェーデン刑事小説

ヘニング・マンケル『殺人者の顔』(創元推理文庫)を読む。 「スウェーデンが世界に誇る警察小説シリー

記事を読む

no image

勝利の方程式も崩れるときはある

丹沢・大山登山の翌日は予想通りというか、足が激しく筋肉痛。 トレランの鏑木さんに影響されて、山を駆

記事を読む

no image

猛暑の高校講演会

 集英社の外郭団体(?)が主催している「高校生のための文化講演会」というものによばれ、香川県と愛媛県

記事を読む

Comment

  1. 二村 より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 1.1.4322)
    そうですか、きちんとした栽培法が確立されているんですか。
    面白いですねー。
    ただ、植物の実などに含まれる化学生産物(ケミカル)の含量は
    栽培法によって異なることも多いです。
    野生種で含量の高い物質が栽培種では低いということはよくあります。
    薬用植物の難しさはそこにあるんですけど(逆ももちろんあります)。
    ミャンマーとアフガンどちらが品質がいいんでしょう?それと含量は?
    機会があったらその辺も先生に聞いていただけますか?
    なんか専門家みたいな質問しちゃいました(笑)<あ、専門家だった。

  2. タカノ より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1)
    さすが専門家、質問がちがいますね。
    私もそこは気になっているところですが、実は後藤先生、ミャンマーにもアフガンにも行ったことがない(笑)。
    ミャンマーのケシ栽培は私が情報源、アフガンについてはBBCか何かの、つまり海外のドキュメンタリー番組で見たそうです。(「ビデオに録画してあるので送ります」とおっしゃってくれました)
    だから、先生も直接は知らないんですよ。映像で見て判断してるだけです。
    でも、先生は自分でモルヒネ含有量の高いアヘン汁を出すケシ品種を開発したと胸を張ってましたから、なんらかの手がかりはお持ちだと思います。
    今度、訊いてみます。

  3. 二村 より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 1.1.4322)
    高野さん どうもありがとう。
    なるほど、そうすると世界の2大ケシ栽培地の一方の情報は
    ほとんど高野さんしか持っていないわけですね。
    こりゃ何気なくすごいことですよ。
    『さりげなくすごい高野秀行』の面目躍如ですね。

  4. イルハービ より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.0.3705; .NET CLR 1.1.4322)
    初めましてorz。 あなたは相当な変人(誉め言葉)ですね。
    サイトの記事を読んで爆笑してました。
    >想像しただけでワクワクするのは私だけだろうか。
    ワクワクすんな!(苦笑)
    マフィアやカルト集団の犯罪活動の資金源、北朝鮮などの兵器開発や拉致や侵略行為などの犯罪行為の資金源にもなってるのに。
    ちょっと感覚が麻痺してる。麻痺してる事に本人が気付いてないから余計にタチが悪いと言わざるを得ない。
    「 ミイラ取りがミイラになって 」 ますよ。
    それは典型的な「 悪い傾向 」だと言わざるを得ません。
    まるで「 ヤクザに取り込まれる人々 」の典型です。
    こうやって無自覚のうちに取り込まれてしまう者が後を絶ちません・・・。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年5月
    « 3月    
     12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
PAGE TOP ↑