*

震災のリアルを超える傑作

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


本屋大賞を受賞した『謎解きはディナーのあとで』という本を私はまったく見たことも聞いたこともなかったので、興味をもち買って読んでみたのだが、
私とはユーモアもしくはギャグのセンスがちがいすぎ、ミステリとしてもごくごく平凡で
短篇2つを頑張って読んだ時点で放棄した。
とはいうものの、正直なところ、3・11の震災以降、『謎解きは〜』にかぎらず小説は全くと言っていいほど、読めなくなっている。
津波や原発という現実があまりに圧倒的で、フィクション世界がちゃちく見えてしかたない。
この1ヶ月、いったい何冊の小説を途中放棄したことか。
そこで本屋大賞で惜しくも2位だった窪美澄『ふがいない僕は空を見た』(新潮社)を再読したのだが、こちらはすごかった。
世界に入れないどころか、ぐいぐいと力尽くで引きずり込まれ、最後まで他のことが手につかなかったほどだ。
震災のリアルにもびくともしない強靱な世界観だ。
いろいろな登場人物の視点で描く連作短篇で、しかもこれと同じように人情や恋愛をテーマにしたものは多いのだけど、本書は質が桁違いに高い。
センスとか文章がうまいとかいうレベルでなく、もっと切迫した何かがある。
『謎解きは〜』は私が全然知らなかっただけで、もう75万部も売れているそうだから
いくらけなしても問題ないだろう。それより窪美澄だよと声高に訴えたかったのだが、
さっき「王様のブランチ」に登場して、大々的に宣伝されたから、今更私がどうこう言う必要もなかった。
まあ、所詮本屋大賞なんてと思ったり、タイトルがしょぼいとか、著者の名前が覚えにくいとか、王様のブランチなんて気に食わんという人もいるだろうから、そういう人にぜひお勧めしたい。

関連記事

no image

世にも奇妙なマラソン大会

帰国した。大人の遠足はなかなかにハードだったが、想像以上に充実していた。 今回私が参加したサハラ・

記事を読む

no image

間違えてしまった…

「ミャンマーの柳生一族」が予想以上に好評だ。 あんなトンチキな本、誰が読むんだろうと他人事のように思

記事を読む

no image

津波の子ども

 津波で両親が行方不明になった子どもについての緊急メールがまわってきた。  添付された写真を見る限り

記事を読む

no image

ミスター珍じゃないだろ!

今月の20日ごろ発売になる「怪しいシンドバッド」(集英社文庫)の見本が届いた。 表紙のイラストは、ア

記事を読む

no image

謎、とける

先日の泥酔野宿のとき、石原たきび編『酔って記憶をなくします』(新潮文庫)をくれた人がわかった。

記事を読む

no image

私は魔境に生きた

本の雑誌の杉江さんに勧められ、 島田覚夫『私は魔境に生きた』(光人社NF文庫)を読んだ。 ニューギ

記事を読む

no image

柏レイソルに敗れる

ソマリランドの命綱とも言われるベルベラ港の出身のソマリ人がいると聞き、 その人の住む柏まで会いに行く

記事を読む

no image

他人ごとなら面白いが

「本の雑誌」今月号が届いた。 特集は「この妻がすごい」。 小説、ノンフィクションを問わず、本に出て

記事を読む

no image

もう一つのキンシャサの奇跡

映画「ベンダ・ビリリ もう一つのキンシャサの奇跡」を渋谷のイメージフォーラムで見た。 もう一つのキ

記事を読む

no image

タンデム三輪車「トライデム」

拙著『異国トーキョー物語』の最終章に「盲目のスーダン人留学生・マフディ」という男が出てくる。 本名は

記事を読む

Comment

  1. k.inoue より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.0; Trident/4.0; YTB730; GTB6.6; SLCC1; .NET CLR 2.0.50727; Media Center PC 5.0; .NET CLR 3.5.30729; .NET CLR 3.0.30729; .NET4.0C)
    「小説が全く読めない」件、全く同感です。
    普段は、ミステリ好きで毎日少しでも読まないと気が済まないのですが、
    今は、エッセイしか読めなくなっています。
    ・・・ので、何十回目の『ワセダ三畳青春記』を拝読しております。

  2. ブリキの力石 より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; GTB6.6)
    本屋大賞、売れている本を選んでもしょうがないのになーって思います。
    「ふがいない僕は〜」に受賞して欲しかった。
    そんなに差がない2位ではあるのですが。

  3. さわよう より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.0; Trident/4.0; YTB730; GTB6.6; SLCC1; .NET CLR 2.0.50727; Media Center PC 5.0; .NET CLR 3.5.30729; .NET CLR 3.0.30729; .NET4.0C)
    ブランチ観てましたが、
    圧倒的に興味を引かれたのは「ふがいない僕は空を見た」でした。
    謎解きディナーと神様のカルテはテレビであれだけ宣伝をしているのが
    どうしても好きになれません。
    タマキングのジェットコースターを大爆笑のうちに読み終わり、
    (特に面白かったのは翻訳ソフトのくだりですが・・・。)
    師匠のアヘン王国を今更ながら読んでいるので読み終わったら、
    (あいかわらずすばらしい)
    買って読んでみようと思っていたところです。
    紹介されていて驚きました。

k.inoue へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年11月
     12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
PAGE TOP ↑