ダーティな本気はピュアなのか
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最終更新日:2012/05/28
高野秀行の【非】日常模様
斉藤一九馬『歓喜の歌は響くのか 永大産業サッカー部 総武3年目の天皇杯決勝』(角川文庫)を読んだ。
山口県の田舎に発足したサッカー部が創部たった3年にして天皇杯の決勝に進んだ奇跡の物語…と聞き、ものすごく読みたくなった。
漫画みたいに、すごいカリスマ指導者の下、天才的な選手と
固い結束、周囲の熱いサポートにより奇跡が達成されたと思ったのだ。
ところがそんなすがすがしいカタルシスを求める読書は呆気なく裏切られた。
カリスマはいるといえばいるのだが、それは満州で成り上がった灰色の企業家・深尾茂。
旧日本軍部が終戦後のどさくさに紛れて、大陸から莫大な財産を運ぶのを手伝うことで
戦後も成り上がり、
強引な手法でプレハブ企業の永大産業を成長させた。
で、いい加減歳もとってきたし、名誉がほしいということで、
あるサッカー選手を呼んで、「カネは出すから3年で天皇杯とれや」と命じた。
最初こそ地道に頑張っていたが、途中からは
廃部になった名門チームのレギュラー6人を丸ごと受け入れたり
日本人選手とは桁違いの能力をもつブラジル人選手を3人も連れてきたりと
まさにカネに明かせたチーム作りを行う。
それでも3年で天皇杯にはまだ間に合わず、サッカー協会の理事が新築した家に親会社がマントルピースを作ってやり、その見返りに
トーナメントで弱いグループに入れてもらったり、
(本書では「魚心に水心」なんて書いてある)、
相手チームの泊まる旅館に麻雀部隊を送り込み、寝かせないという作戦と実行したりと
呆れかえるほどの酷い工作を繰り広げる。
まったくすがすがしくない。
ていうか、はっきり言って汚い。
なのだが、このダーティっぷりがかえって面白い。
なぜかというと、本書のテーマは「本気」ということなのだ。
例えば家族の命がかかっていれば「法律なんて関係ない」と思うだろう。
それと同じように、本書の主人公の河口氏(GM)も監督も選手もみんな必死なのである。
ダーティでもカネずくでもどうにかして3年で天皇杯に優勝したいという思いしかないのだ。
面白いのは、ダーティでありつつ、みんな本当にサッカーを愛する人たちであるので
「正々堂々としたプレイ」をも同時に求めること。
監督はGMの行き過ぎた政治工作を嫌悪し、GMはGMで監督のオフサイドトラップ戦術を嫌い、「せめてグランドの中では正々堂々と戦ってほしい」と願う。
結局、最後の天皇杯の戦いもダーティとクリーンの間で勝敗が分かれていく。
ダーティな本気とクリーンな敗北。
どちらがフットボーラーとして純粋なのだろう?
そんな文学的な感想をもたらす奇妙なノンフィクションだった。
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