*

上流階級の腐敗っぷりはアジアン・ミステリの十八番か

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


 アジアン・ミステリ読書週間第2弾!というわけではないけど、たまたま今度はタイのミステリを読んでしまった。
ハードボイルドの警察小説、
チャッタワーラック「二つの時計の謎」(講談社)
本格ミステリの「神」とも呼ばれる島田荘司先生が「選出」した「アジア本格リーグ」という
講談社のシリーズの一巻である。
アジアのミステリに興味を持つ人は少ないはずで、しかも部数が少ないから当然定価は高い。
それでもあえて出すというチャレンジングな姿勢は、さすが日本最大手出版社である。
本書の内容もチャレンジング。
著者はミステリ・マニアらしく、文体、会話、登場人物のキャラクター、そしてトリックまで、欧米の古典本格ミステリ調である。
舞台は1930年代のバンコク。
女遊びと暴力沙汰で悪評高い貴族の息子が娼婦殺しの嫌疑をかけられる。
その父親も女遊びと暴力沙汰で悪名高いのだが、カネと脅しで息子の嫌疑をもみ消そうとする。
…って、ここまで読んで「またか!」と思った。
上流階級のでたらめな腐敗っぷりが事件を引き起こし、また混乱を深めるというのは、
その前に読んだインド・ミステリ「6人の容疑者」そっくりじゃないか。
日本ではたとえ戦前の作品でも(あるいは戦前を舞台にした作品でも)そんなあからさまなのは少ないんじゃないか。
でも、タイやインドでは、「よくある話」なのだろう。
でなければ、読者が小説に感情移入しにくい。
もっとも、「6人の容疑者」とちがい、こちらはなにしろ本格推理の「神」と呼ばれる島田荘司先生がまがりなりにも「選」んだことになっている小説。
四つの事件が複雑に絡み合い、事件は意外な方向に発展する。
個人的にはもう少し、タイの昔の風景がほしかった。
当時のバンコクの町並みの様子や、人の暮らしぶりなど。
そういうことこそ、小説でしか描けないのだから。

関連記事

電話不携帯のやめられない快適さ

 帰国して拝受した本、第3弾。  『忘れられない一冊の本』週刊朝日編集部(朝日文庫)。作家や映

記事を読む

no image

夢を喰らい続けて50年って…

早稲田大学探検部創立50周年記念ビデオが届いた。 タイトルは「夢を喰らい続けて50年」という大時代

記事を読む

no image

無料出張上映会&琉球映画

今月から始めた無料出張上映会の第一回が 台東区の施設で行われた。 主催者は旅好きな会社員の人。 その

記事を読む

no image

いわゆる「エア取材」

咳がひどいため医者に行ったところ、「咳喘息」と診断された。 私は小学生の頃喘息でひじょうに苦しんだ

記事を読む

2013年に読んだノンフィクション・ベストテン

毎年恒例となっている「今年読んだ本ベスト10」をやるのをすっかり忘れていた。 今急いでやります。

記事を読む

no image

旅のトリビア「たびとり」

突然だが、フジテレビの「トリビアの泉」という番組をご存知だろう。 何の役にも立たないが、面白い(とい

記事を読む

no image

イスタンブールは遠い…

再び成田空港に行き、今度はちゃんと飛行機が飛んだ。 が、ドバイに着いたものの、日にちがずれたためイ

記事を読む

no image

エンタメノンフの古典

「不思議ナックルズ」という変わった雑誌のインタビューを受ける。 「実話ナックルズ」の別冊ムックみたい

記事を読む

no image

私が原稿を書けないワケ

今週は原稿を一行も書けていない。 毎日パソコンに何時間も向かっているのに。 もともと苦しまずに原稿が

記事を読む

no image

七夕に願いを

本日やっと東京の自宅に戻った。 ハルゲイザ(ソマリランドの首都)はさすがに遠い。 →ジブチ→アジスア

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年11月
    « 3月    
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    252627282930  
PAGE TOP ↑