*

切羽詰まったら本人伝説

公開日: : 高野秀行の【非】日常模様


 竹島問題と尖閣問題が勃発して以来、毎日が憂鬱でならない。特に尖閣は、もういつ軍事衝突になってもおかしくない。
 例えば、中国でたまたま日本人が酔っ払ったチンピラにからまれて殺されてしまったり、あるいは尖閣に突っ込んできた中国漁師の一人が海上保安庁の船に追われたとき誤って海に転落死してしまったりしたら、それだけで被害者側の国の世論は激高するだろう。世論が燃え上がると、政治家は後ろに引けなくなる。
 軍事衝突になれば、人的・経済的な被害は莫大になり、どちらも大損する。そして他の国が喜ぶ。
 世界中でこれまでさんざん起きてきて現在も起きている戦争の超・古典的なパターンに、どうして21世紀の日本がハマッているのだろう。

 いったん軍事衝突が起きれば、その後もひじょうに危険だ。
 私は今、ソマリアの取材をずっと続けているが、戦争が悪化している場所は「それまで戦争をしたことがなかった地域」だ。そういう地域の人たちは、戦闘が始まると、頭に血が上って
まるで見境がなくなる。止めたくてもどうやって止めていいかわからない。
 逆に、ちょくちょく戦争を行っていた地域は戦争になれているため、手打ちの方法も確立されていて、停戦にこぎつけることができる。
 言うまでもなく、日本は「それまで戦争をしたことがない地域」である。始まったら止まらないだろう。
 まさに太平洋戦争の二の舞だ。

…と、とめどもなく暗い予想にとりつかれてしまうのだが、いくら私が声を大にしてこんなことを言っても誰も耳を傾けはしないし、戦争の前に私の精神状態が破綻してしまう。

 というわけで、長い前振りだったが、毎朝毎晩、南伸坊・本人、南文子・写真『本人伝説』(文藝春秋)を開き、大いに笑って気持ちを落ち着かせている。
いや、この本はすごい。あのひじょうに個性的な顔をした伸坊さんが、男性女性、日本人・外国人を問わず、「本人」になってしまう。

 スティーブ・ジョブズなんか、どう見ても「本人」にしか見えない。でもハリウッドの特殊メイクをやっているわけじゃない。髭なんかマジックで直接描いているという適当さだ。
他にもダライ・ラマ、石原慎太郎、ウディ・アレン、星野仙一、民主党の前原誠司も本人そのもの。どうして南伸坊がこうなってしまうのか理解できない。

 必ずしも全部がそっくりというわけではない。あえてデフォルメして作った顔もあり、そっちは戯画となっている分、さらに笑える。
 ヒラリー・クリントンや宮里藍は何度見てもおかしい。

 それからダルビッシュ有や斉藤祐樹みたいに、全然似ていないのもあるが、似ていないのにぬけぬけとそのふりをしている伸坊さんは、「化け損なっていることに気づかないタヌキ」なおもしろさがあって、やっぱり笑ってしまう。
 つまり、似ていても似てなくても笑えるというところが、この本のいちばんすごいところなのだ。

 「絶体絶命の危機を回避できるのはユーモアのみ」と、ある人は言った。
 たしかに、日本人と中国人全員が『本人伝説』を読めば、みんな肩の力が抜けて、この危機は確実に回避できると思うのだが。

 

関連記事

no image

タイの懐メロを熱唱してしまう

こちらに来て初めて飲み会に行った。 「アジアの雑誌」編集長の夢野狂作夫妻、同誌で辺境レポー

記事を読む

no image

すべての酒飲みに読んでほしい

大野更紗『困ってるひと』(ポプラ社)の影でひっそりとだが、 私の『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)の見

記事を読む

no image

イラクからブータンの週末

土曜日、新宿二丁目の「タイニイアリス」という小劇場に、イラクの劇団「ムスタヒール」を見に行く。 テー

記事を読む

no image

私の名は「ヒダヤットゥラー高野」

昨日のカロメに続き、連日のサプライズである。  数日前、在日外国人関係の取材で、在日パキスタン協会の

記事を読む

no image

こんな名著が!

たまたまネットで見つけた小島剛一『トルコのもう一つの顔』(中公新書)を読んだら、 あまりの面白さ、

記事を読む

no image

いいちこ伝説

コピーライターをしている友人夫妻と焼肉を食う。 酒は「いいちこ」のお湯割り。 友人によれば、「いいち

記事を読む

no image

計算ができないのか?

野々山さんのご指摘で気づいたが、 前回の日記で換算した部数計算がまるっきりまちがっていた。 日本に換

記事を読む

no image

目指すはドリトル先生

読者の方からご指摘があったが、今回の『メモリークエスト』のカバーは 「ドリトル先生」をイメージした

記事を読む

no image

ワット・パクナム

成田にあるワット・パクナム別院に行く。 日本にたった一つあるタイ人のお寺だ。 ここでウチザワさんが「

記事を読む

no image

ブータンは4月

2月にブータンに行く予定だったが、向こうの事情やこちらの事情などで 4月に延期になった。 それまでゆ

記事を読む

Comment

  1. みどり より:

    毎日変わらない日常生活の中で、あまり賢くない私の小さい頭の中でさえも、戦争になってしまうのでは…と危機感を感じてます。高野さんの言葉はとても理解しやすくて…今凄く怖いです。こんな切ない状況いつまで続くんでしょうか…不安です。
    少し前に『異国トーキョー漂流記』再読しました。高野さんの優しさや男気、そして、時々クスっと笑ってしまうユーモアが沢山沢山ぎゅ〜っと詰まった人情味溢れる大好きな一冊です! 世界中の人達に(特に今は中国の方達)高野さんのこの本を読んでもらいたいです。きっと温かくて優しい優しい気持ちになるはずだから…。

  2. hu より:

    前にも香港の活動家が海に落ちて死んだけど何事もなかったから大丈夫だと思います。
    仮に日本人が行方不明になったとしても、全力でもみ消されるでしょう…。
    中国は内紛も含め周り中の国と戦争や紛争をやりなれているので、得にならない戦争はやらないと思われます。日本側が勝手に盛り上がってという可能性もなくはないでしょうけど、アメリカに無断で自衛隊を派兵したりしたらすぐにアメリカが介入するでしょうし、国民の大半が銃の扱いすら知らない国じゃ、民兵がゲリラ戦に参加することすらできないのではないでしょうか。それよりマイノリティへの襲撃が常態化することの方が怖いです。

  3. hu より:

    あと、イラクで日本人の青年が死んだときも、日本人の反応は「そんなところに行くほうがわるい」と、冷淡そのものでしたので、今中国で日本人が死んだとしてもそうなるでしょう。
    知り合いに中国駐在は沢山いますが現地はマスコミの報道よりずっと平穏で、デモを見かけるほうが難しい状態なのに、日本人からは「何で好き好んでそんなところいくの?日本で就職すればよかったのに」という扱いを受けています。
    どうも日本人は、外に出た人間を「国を棄てた人間」という扱いをしたがるみたいです。

    仮に尖閣諸島を武力で制圧されたとしても、日本人は民主党の悪口をネットに書きまくって、あとは中華料理屋にこっそり石でも投げてそれで終わりでしょう。武器もないし「敵」ははるか海の向こうで、政府は「二大政党」が足を引っ張り合って、武力行使を遂行するどころじゃありません。「平和国家」としては非常に理想的な状態ではないでしょうか。

  4. 高野 秀行 より:

    私はhuさんほど楽観的になれないのですが、今の時期、中国に行くのはとてもいいと思います。時間があれば私も行きたいんですが…。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年3月
    « 3月    
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
PAGE TOP ↑