*

テレビ川柳師・ナンシー関の秀逸な評伝

公開日: : 高野秀行の【非】日常模様

読書運というものがあって、読んでも読んでも面白い本に当たらないときもあれば、手にする本がことごとく面白いという釣りの「入れ食い」みたいなときもある。
私の場合、1カ月前はどうにもならなかったのが、ここ2週間ほど、ほんとに読書運が(他の運とは一切無関係に)急上昇し、来る日も来る日も大漁で、ブログに書く暇がない。

今ようやく仕事が一段落してきたので、少し遡ってみる。
読書運が急上昇した直接のきっかけは横田増夫『評伝ナンシー関 「心に一人のナンシーを」』(朝日新聞出版)だった。

私はナンシー関のコラムをほとんど読んだことがない。
たまに読んでも、あまりにテレビを見ないので、何が何だかわからなかった。
本書で、宮部みゆきが「テレビをほとんど見ないがナンシー関の文章は好き」というようなコメントをしているが、私の場合レベルがちがっていて、
川嶋なお美と聞いても「昔アイドルだった人?」くらいだし、神田うのは名前はよく聞くが動いているところは見たことがなくネット検索しなかったら何をしている人かわからず、
松本人志は「司会をしている丸坊主の人」程度の認識で、この前暴力団との交際で引退したと思い込んでいた。

もう一つ、ナンシー関が活躍していたバブルからポストバブルのサブカル全盛期(=雑誌全盛期)は、私にとって無縁の世界だったこともある。
私がいちばん鳴かず飛ばずだった二十代後半(90年代半ば)は本当にどこの雑誌でも書かせてもらえなかった。
一度、知り合いのカメラマンがとある著名サブカル雑誌の副編集長が私に会いたいと言っているというので、日時を決め、嬉々として編集部に出かけたところ、
「悪いけど今日忙しいから…」と一言で追い返されたこともある。
それ以来、サブカル業界はますます私から遠い世界になった。

そんなわけでナンシー関についてほとんど知識がなかったが、本書はひじょうに楽しめた。
ノンフィクションとして実に構成がよく、取材が行き届いていて、安定感が抜群なのである。
著者の横田さんの本は、これまでアマゾンとユニクロのルポをそれぞれ読んでいたが、どちらもタイムリーかつチャレンジングな取材でありつつ、
著者自身が話をどこに持っていこうとしているのかわからない頼りなさが引っかかり、ブログで紹介しようかどうしようか迷っているうちに時間が過ぎてしまった。

本書では前2作の欠点が完全に解消されたうえ、ナンシー関の版画とコラムを解説するというスタイルが恐ろしいほどに私のツボにはまってしまった。
嵐山光三郎の『文人悪食』(新潮文庫)の俳人・歌人の章や、関川夏央『現代短歌 そのこころみ』(集英社文庫)にも通じる味わいがある。
私にとってナンシー関の仕事はどうやら川柳に近いものだったということもわかった。

サブカル・芸能音痴の私だが、唯一よく知っているのはプロレス。
本書P.160に記されたナンシーによるプロレス技の訳語コラムは爆笑した。これはもう秀逸というしかない。
私もテレビや芸能界についてもう少し知っていれば、もっと笑えたのにと残念でならない。

関連記事

no image

卵ゲップ病

 昨日の晩、イシカワに電話をしたところ、「帰ってからも下痢が止まらなくて、参った」という。  それは

記事を読む

no image

小説の書き方本、ベスト3はこれだ!

「本の雑誌」12月号が届いた。 特集は「いま作家はどうなっておるのか!」 ベテラン文芸編集者が匿名

記事を読む

no image

相模原の秘境

取材で相模原の郊外へ行く。 畑の中にポツンとあるちっぽけな施設に、すごい人物がいた! ほんとうに凄い

記事を読む

no image

角田光代さんと対談

『怪獣記』がいよいよ発売された。 正直言って、私の単行本は今まで全く売れた試しがない。 だから、今回

記事を読む

no image

発売が楽しみ?

『シワ夢』文庫版を出しても、少なくとも女性読者は4人残ってくれることが コメントから判明した。 そ

記事を読む

no image

ダメ男子ロマン大作

「人のやらないことをする」がモットーの私は、 これまで盆と正月とGWだけはせっせと働き、 そのほか

記事を読む

no image

伝説の野人

4日に放映されたテレビチャンピオン「無人島王決戦」という番組にに、 早大探検部OBの二名(ふたな)良

記事を読む

no image

溝畑宏とイビツァ・オシム

木村元彦作品読書週間が続いている。 次に読んだのは『溝畑宏の天国と地獄 大分トリニータの15年』(

記事を読む

no image

ソウル・ショック!

ソウルより帰国した。 予想以上に驚くことがたくさんあった。 まず、ひじょうに残念な話。 最初の目的で

記事を読む

no image

自虐読書の旅

地震以降、朝ジョギングに行くと、びっくりするほど人がいない。 私が走る玉川上水沿いは、いつもはジョギ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年7月
    « 3月    
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031  
PAGE TOP ↑