旅の間の読書
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最終更新日:2012/12/18
高野秀行の【非】日常模様
2月発売のソマリ本の準備で、ブログを更新する時間もなかなか取れないし、帰国後に本も全く読めていないのだが、
エピローグを書きあぐねている今、気分転換を兼ねて、旅の間に読んだ本をいくつか紹介したい。
何と言っても最高によかったのはドン・ウィンズロウ『ストリート・キッズ』(創元推理文庫)だ。
ウィンズロウは数年前、『犬の力』を読んでみたが、あらすじがだらだらと続くようで耐えられず、途中で投げ出してしまった。
なぜあの本が評価されているのかいまだにわからない。
それに比べて、この『ストリート・キッズ』はおそるべき傑作だ。
センシティブでユーモアもあり、途中から奇跡的なくらい切ない恋物語となっていく。ミステリ部分もしっかりしている。
私はロンドンに行く飛行機の中で読み終わり、その後もソマリアからロンドンに向かう飛行機の中でもう一度最初から全部読み返したが、
二回目に読んだときも初回に劣らず面白かった。そんなミステリは初めてかもしれない。
東江一紀(「あがりえ・かずき」と読むのを初めて知った)氏の訳も本当にいい。
もう20年前に出た本であり、すでに古典的名作だろうが、未読の人はぜひ手にとってほしい。
ストリート・キッズの続編は他に3作あるらしい。もちろん、これから順番に読んでいくつもりだが、
いっぽうで不安も多々ある。
というのは、「ストリート・キッズ」の出来がよすぎるからだ。
ウィンズロウのデビュー作だというが、デビュー作はときにして作家の力量以上のものが出てしまう。
本書にも狙って書いたらとてもあのようには行かないだろうという部分がある。
続編ではいくら頑張っても、あの奇跡的な流れにはならない予感が強くするのだ。
もちろん、それでも、この仕事が片付き次第、読むつもりだ。
他には村上春樹『レキシントンの幽霊』(文春文庫)、開高健『輝ける闇』(新潮文庫)『ベトナム戦記』(朝日文庫)、
横山秀夫『64』(文藝春秋)をロンドンとバンコクで買って読んだが、野球で言えばどれも「完璧な当たり」だった。
私は村上春樹の短篇を旅行中に読むのが大好きで今回も期待を裏切らなかった(読むのは二回目か三回目)。
『64』は圧巻である。前から思っているのだが、横山秀夫のミステリのトリックはトンデモなものが多い。
本書のメインのトリックも、島田荘司もビックリという非現実なものだ。
他の作家がこのトリックを使ったら「あるわけねーだろ、そんなもん!」と怒るだろうが、
横山秀夫の場合、他の部分があまりにリアルなので読者はそれをすんなり受け入れてしまう。
横山秀夫の本当の凄さ、魅力はここにある。
つまり、舞台設定のディテイルを徹底的に現実的に作り、その中にものすごく非現実的な物語を不規則に織り込んでいくのだ。
すると、織物の上に見たことのないような、しかし読者が「見たい」と思う不思議な柄が浮かび上がることになる。
開高健のベトナムものを読んだのは、私がソマリアで戦闘に巻き込まれたから。
前にも二回か三回読んでいるが、あらためて開高健のベトナム体験を読んでみたくなったのだ。
読んだら、その危険度の高さに驚いた。
1965年当時と今現在では戦争に対する「危険」の認識度が全然ちがうのだ。
今、作家やジャーナリストが彼と同じ事をやったら、「無謀」として非難を受けるだろう。
最大の理由は、太平洋戦争からまだ20年しか経っていないこと。
開高健とベトナムで一緒に取材している記者には「戦争中、大陸で皇軍の兵士だった」という人がおり、
開高健自身、戦時中は軍需工場で働いていたため、空襲で殺されかけている。
まだ彼らの中では戦争は「どこか遠い場所」で行われるものではなかったということだ。
いっぽうで、とても納得できる部分もいくつかあった。
一つはベトナム戦争での米軍と、ソマリアでのアミソム(アフリカ連合の多国籍軍)は立場がけっこう似ており、
「ただ存在しているだけで現地の人からどんどん嫌われていく」こと。
軍隊というのは、他国に存在するだけで「悪」になっていく宿命にあるのかもしれない。
それから開高健がリスクを伴う作戦に同行するのをひじょうに恐れていて、止めたいと思っているのに、
なんとなくそれを言い出せないまま、同行するはめになってしまう場面。
そしてその結果、死にかける。死ななかったのは単に運がよかっただけだ。
私自身は決してそんな危険なことはしていないが(今回戦闘に遭遇したのは単に運が悪かっただけ。助かったのは運がよかったけれど)、
そういう心理状況はよく理解できる。
戦地では「取材者」という恐ろしく中途半端な立場に戸惑うのだ。
ちなみに、今回読み直して、ベトナム戦争での体験を自伝的に描いたこの『輝ける闇』と、
その続編のような『夏の闇』は基本的な物語構成が全く同じであるのにも気づいた。
開高健は自分の希有な体験を生かして、同じ話を二度書いたのである。
そしておそらくは一生、その話の外に出ることができなかったのだろう。
そうそう、他に井筒俊彦『イスラーム文化 その根底にあるもの』(岩波文庫)も読んだ。
イスラームを知らない人のために行われた講演録だけに、特に新しい話はなかったが、
イスラムが遊牧民の宗教ではなく町の商人の宗教であることが強調されていたのにハッとした。
私は全く別の方向から同じ結論に達しかけていたのだが、本書を読んでそれに「気づいた」。
キーワードは「猫」。
それについては、どこかでちゃんと書いてみたい。
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