*

言葉を失う映画「魔女と呼ばれた少女」

公開日: : 高野秀行の【非】日常模様

今3:20AM。こんな時間に覚醒しているのは酒が切れたためだが、今日にかぎってはそれだけではない。
昼間、川崎アートセンターで、コンゴの少年兵たちを描いた映画「魔女と呼ばれた少女」(キム・グエン監督)を観たせいもある。

ほとんど予備知識を持たずに行ったせいもあり、ものすごい衝撃を受けてしまった。
この映画については、感想を言うことができない。
何か話すと、そこから映画の本質がそぎ落とされてしまう気がする。
正直言って、他の人たちに観に行ってほしいのかそうでないのかもよくわからない。
ただ、一つ言えるのは「すごい」ということ。
それだけは間違いない。

映画の本質的な部分については触れられないので、それ以外の部分について気づいたことを話すと、
カナダ人の父とベトナム人の母をもつというキム・グエン監督の態度が素晴らしい。
エンドロールを見たら、カナダ映画にもかかわらず、スタッフがほとんど地元コンゴ人。
アフリカを舞台にしているけど、なんだかんだ言って作ってるのは欧米人…という一般的な映画とはちがう。

しかも、そこには運転手や門番の名前まで記されている。
そういった裏方のそのまた裏方の人たちも映画作りにたずさわっているのだというメッセージが読み取られるとともに、
彼らもこの映画を観るという当然の心づもりが感じられる。
技術スタッフから運転手まで、総勢百名を超える現地の人たちが観るということは、彼らを納得させられないような荒唐無稽な話は作れない。

「そんなの当たり前じゃないの?」というなかれ。
現実には、現地の状況や感覚を無視した、欧米のご都合主義的な小説や映画は多いのだ。
この映画でも、大きな町から歩いて行けるところに鬱そうとした森があったり、漁村があったりという
現実にはありえない空間設定にはなっているものの、それ以外はほぼ事実に即しているか、
「こういうことがあっても不思議はないだろう」と思わせる内容になっている。
「現地の目」を意識すればこそだと思う。

また、映画の内容や本質とはまったく関係ないが、この映画は会話部分はほぼ全てリンガラ語なので
その部分は個人的にひじょうに興味深かった。
これはコンゴ民主共和国(旧ザイール)の話だが、リンガラ語にフランス語が浸食されている度合いがすごい。

主人公の少女が夜中に取り憑かれたように「あたしの銃はどこ?」と叫び廻るシーンでは
「ウエ・ブンドキ・ナ・ンガイ?」と連呼していた。
「ウエ」(どこ)はフランス語で、それ以外はリンガラ語。
「どこ」なんて疑問代名詞を外来語で置き換えてしまうとは驚きだ。
(リンガラ語で「どこ」は「ワピ」)
そのほか「右」「左」「10」などもフランス語が使われていたし、とにかくフランス語混入率が高い。
私が通っていた20年前もフランス語は混じっていたが、これほどではなかったように思う。
戦乱による人の移動が激しくなった結果、
フランス語の通用度が上がったのだろうか。
それとも私の気のせいだろうか。

もう一つ「さようなら」の使い方が強烈に印象的だった。
残念ながら翻訳してしまえば、別の言葉になってしまうので一般の観客にはわからないのだが。
この辺はまたマイナー言語おたくの話になってしまうので、いつか機会があったら書きたい。

関連記事

新連載に驚く

昨日発売の季刊誌「考える人」(新潮社)にて、ようやく私の新連載「謎のアジア納豆」が始まった。

記事を読む

no image

我が言い訳

昨日、なんと今月5度目の神楽坂詣で。 やっと「移民の宴」4回目の取材が終わった。 明後日までに原稿を

記事を読む

no image

「またやぶけ」の発見

そうそう、肝心なことをすっかり忘れていた。 奄美で遊んでいるうちに、新刊『またやぶけの夕焼け』(集

記事を読む

no image

2007年に読んだ本ベスト10(小説部門)

恒例(といっても2回目か)の「今年読んだ本ベストテン」である。 自分が読んだということだから、今年出

記事を読む

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている人なのか説明できない」という人

記事を読む

no image

小橋ファン、誕生!

暴れん坊の甥っ子(小1)がうちに遊びに来たので、プロレスのDVDを見せてやる。 数年前の三沢光晴V

記事を読む

no image

ソマリアの海賊裁判は面白い!

ほとんどの人が知らないと思うが、ソマリアの海賊が日本に来ている。 日本も国際協力の名の下に法整備を行

記事を読む

no image

変身写真館

日曜日のアブディンとのタンデム日帰り旅の写真が届いた。 撮影は併走してくれた友人のワタル社長。 こ

記事を読む

no image

長井健司、ミャンマーに死す

毎日このブログではお気楽な話題を提供していたが、 ミャンマー情勢は緊迫の一途をたどっていた。 私のと

記事を読む

no image

異種格闘技戦、夏休み原理主義、未来国家

26日(日)、リブロ池袋店でジャーナリストの木村元彦さんの「争うは本意ならねど」(集英社インターナシ

記事を読む

Comment

  1. Silentspice より:

    見ていて字幕の翻訳が気になったのですが、フランス語が多く取り入れられてたのですね〜
    情景から翻訳者の方の苦労がしのばれるのですが
    かなり、字幕にし辛いキツイ表現が多かったのですか?

    武装した警備員の保護下での撮影や収益の一部を主演の娘の教育費に充てたりと云う辺りに
    並々ならぬ決意を感じます。

    • 高野 秀行 より:

      >私のリンガラ語力(なんてものがあるかな?)では「キツイ表現」があったかどうかまではわかりませんが、
      場面や字幕をみるかぎり、なさそうではありました。

      翻訳者は、おそらく原版(ていうんですかね?)で付けられたフランス語字幕か英語字幕を訳したのだと思います。

      日本の映画界もここまでやれば大したもんなんですけどね。

  2. HU より:

    ちょっと調べたんですが、韓国語のように「去る側」と「残る側」で「さようなら」の言い方が違うんですよね。そのことでしょうか…?映画を早く見てみたいです。
    高野先生は20年前からキンシャサに行かれているので、昔のリンガラ語に比べて変わってきているというのを実感されたのだろうと思うのですが、高野先生の話されるコンゴ共和国側のリンガラ語は社会主義時代になるべくフランス語の影響を排除しようとした、ということはあるでしょうか…?
    例えばインドネシア語とマレー語は元々同一の言語ですが、マレー語には英語の単語が非常に多く混ぜ込まれています。これと似た現象なのかなと思いました。

    • 高野 秀行 より:

      HUさん、さすがですね。その通りです。
      韓国語でもそうなんですか。知りませんでした。勉強になりますね。

      リンガラ語におけるフランス語の影響については、ご推測の逆ですね。
      ブラザビル・コンゴ(共和国)よりキンシャサ・コンゴ(民主共和国、旧ザイール)のほうがフランス語は少なかった。
      というのは、モブツ大統領時代、「ザイール化政策」というのをやっていて、
      なるべくフランス語や欧米の文化を排し、現地純粋主義になるべしというのが国是だったからです。
      公共の場では極力リンガラ語を使うよう奨励されていたと記憶します。

      ブラザビル・コンゴは社会主義だったけどフランスとの関係は良好だったんですよ。
      こちらは公の場では全部フランス語でした。

  3. HU より:

    キンシャサ・コンゴの方が現地語主義というか国粋主義的だったんですね。北朝鮮ではなるべく外来語を廃して純朝鮮語の比率を高めようとしていたので、つい社会主義=国粋主義と考えてしまいましたが、本来は社会主義者の方が欧州志向の強いインテリが多いはずだし、長期独裁政権を国民国家として維持するために国粋主義が求められたということなのかなと思いました。ありがとうございました。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年12月
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031  
PAGE TOP ↑