天下一とはすでにプロレス
公開日:
:
最終更新日:2012/05/28
高野秀行の【非】日常模様

好村兼一『伊藤一刀斎』(上・下、廣済堂出版)読了。
『行くのか武蔵』(角川学芸出版)がよかったので続けて読んだのだが、
これも素晴らしかった。
東大卒、フランスで40年間、剣道を指導して、現在剣道八段という
いわば「本物の剣豪」が書く剣豪小説だといえば、
誰しも剣戟のシーンが凄いのだと思うだろう。
でも、実際は、剣戟シーンはふつうであり、どちらかというと、淡白ですらある。
それよりも兵法者(武芸者)とは何か、強さとは何かを描く部分が出色だ。
例えば、「達人も年をとれば若い者に負ける」とか、「すごい剣豪も金がないと飯が食えない」といった、よく考えれば超当たり前のこと、でも今までの時代小説が等閑視してきたことを好村さんは真剣に書き込んでいく。
私が目の覚めるような思いをしたのは、『武蔵』も『一刀斎』も
ひじょうに重要な場面で「プロレス」の概念が使われていることだ。
ネタバレになるので詳しくは書けないが、古来、真剣勝負とプロレスは切っても切れない関係にあったことが理解でき、ひじょうに勇気づけられる。
例えば若き一刀斎が名人の富田勢源に「天下一になりたい!」と告白すると、
勢源は「強いだけでは天下一になれない」と言い放つ。
「天下一とは世間や他人が認めてくれて初めてなれる」
要するに、対戦相手に勝つだけはなく、第三者にいかにアピールするかを考えないとプロのレスラー、いや武芸者としては成功しないと名人は言うのだ。
そして、名人が「奥義」を教えてくれるのだが、その奥義のばかばかしさには私もたまげた。
おそらく、著者自身が「名人」でなかったら、とても読者が納得できなかっただろう。
ここに「パリ在住40年の剣道八段」が効いてくる。
外国で武術を教えるというのは修羅場の連続にちがいなく、その修羅場から出たばかばかしさだと
思うしかないからだ。
その真剣なばかばかしさこそが、プロの道なのだなと時代小説ファン&プロレスファンとしては納得してしまうのである。
(奥義のヒントはジャイアント馬場、アントニオ猪木、長州力、天龍源一郎にあって、
三沢光晴、藤波辰巳、高田延彦になかったもの)
関連記事
-
-
ソマリ人とイスラエル人
火曜日、ずっと前からコンタクトをとろうとしていたソマリ人の人からメールが来て、 「今日の夕方4時に北
-
-
また知り合いがノンフィクション賞を受賞!
小説すばる(10月号)に、開高健ノンフィクション賞の発表が載っていた。 それを見て、たまげてしまった
-
-
人生の内定がとれてないアナタに
内澤副部長の名作ポップはコレ。 副部長の漫画イラストなんて見たことがない。お宝ものだ。 ス
-
-
なぜ小説を書かないのか?
早大探検部OB会<特別ホラー篇>みたいな催しがあり、 「もっと若手がほしい」とのことで40歳の私も召
-
-
2007年に読んだ本ベスト10(ノンフィクション部門)
明けましておめでとうございます。 遅ればせながら2007年に読んだ本ベストテン(ノンフィクション部門
-
-
ここにも藤岡弘探検隊のファンが…
ひょんなことから、作家の古処誠二(こどころ・せいじ)と飯を食った。 つい最近まで私は古処さんのこと
-
-
ツチノコ目撃者によるスケッチ
岡山県吉井町で今から8年前、ツチノコらしき奇妙なヘビの屍骸を発見し、 土に埋めてやったという女性
- PREV :
- なぜ知っているのか
- NEXT :
- 乱世をテキトーに生き抜く奥義!!



Comment
AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; U; Intel Mac OS X 10_6_2; ja-jp) AppleWebKit/531.22.7 (KHTML, like Gecko) Version/4.0.5 Safari/531.22.7
いつも楽しく拝見させていただいてます。
「武蔵」、「一刀斎」ともにぜひ読んでみたいです。
間違う力、今日アマゾンから届きました。これからじっくり読みます!
AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 6.0; SLCC1; .NET CLR 2.0.50727; Media Center PC 5.0; .NET CLR 3.5.30729; .NET CLR 3.0.30618)
その謎かけは人を殺したことがあるとかじゃないでしょうか。