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ストロベリー・ロード

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

仕事上の必要から石川好『ストロベリー・ロード』(上・下、文春文庫)を読んでみたら、
これがもんのすごく面白かった。
大宅賞受賞で有名だということは知っていたが、今読んでも二十年前の作品とは思えない新鮮さと重要性を持っている。
1965年から4年間、アメリカへ留学というか出稼ぎというのか、
カリフォルニアのイチゴ畑で働いた青年の話だ。
移民国家アメリカの姿は、移民(候補)の目から最も確実に捉えられるのだなあと感心するしかない。
いちばん面白かったのは、アメリカが理想の国を標榜するのは、
「移民の男たちが自分の故郷から女を呼び寄せるためにつく『アメリカは素晴らしい国だ』というウソを、何がなんでも実現させないと辻褄があわないと思う気持ちからくるんじゃないか」と石川青年が解釈するところだ。
もう一つ驚いたのは、当時の日系人が自分のことを「ミー」、相手のことを「ユー」と呼んでいたということ。
例えば、「ミーは仕事がまだあるから、ユーは先に帰れ」などと言う。
梶原一騎原作の名作『プロレス・スーパースター列伝』の外人レスラーの言葉遣いと同じなのだ。
例えば、「ミーを怒らせるとどうなるかユーは知らないようだな、猪木!」などとハンセンやシンが吠える。
もちろん、アメリカ人がこんな日本語を使うわけがないから、
梶原一騎の作りもんか、あるいは誰か他の漫画家がでっちあげた「英語もどき表現」だと思っていたのだが、
実は日系人が実際に使っていた言葉遣いだったのだ。
本書には触れてないが、これはもしかするとアメリカに移住した人々が日本的な上下関係を脱してアメリカ的な水平関係にもっていくための
苦肉の策的な二人称用法だったのかもしれない。
と、まあ、実にいろいろと興味深い本である。

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相変わらず慌しい日がつづいているが、移動時間や待ち時間も多いため 仕事はできなくても本は読める。

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Comment

  1. negi より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; GTB6; .NET CLR 1.1.4322; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.0.4506.2152; .NET CLR 3.5.30729; Creative AutoUpdate v1.10.10)
    >本書には触れてないが、これはもしかするとアメリカに移住した人々が日>本的な上下関係を脱してアメリカ的な水平関係にもっていくための
    >苦肉の策的な二人称用法だったのかもしれない
    さすが高野さん、深いですね!
    そういえば、テレビドラマの移民もの?でもこういう言葉づかいをきいたことがあるような気がします。
    その時は現地に馴染んだ日本人と、やってきたばかりの日本人との対照を感じさせよう、というのかと思いました。
    ちょっとわざとらしい言葉づかい(「日系人」イメージの)と思ったのですが、実はこういうことだったのかもしれないのですね。

  2. LP より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.1; en-US) AppleWebKit/532.5 (KHTML, like Gecko) Chrome/4.1.249.1045 Safari/532.5
     これの単行本が出た頃、僕はまだ高校生で、凄く読みたくなったことを思い出しました。当時はまだ素直にアメリカに憧れていたし、留学や海外赴任ではなく、自分で汗を流して働くということも、僕の夢にはむしろ近かったのだと思います。
     ただ、高校生の小遣いでは単行本2巻は高くて買えなく、そのまま読まずに来たんですが、これを機会に買おうと思ったら、いや驚いた。あんなに話題になった本なのにもう古本しかないんですね。慌てて買いましたよ。
     あー、読むのが楽しみです。

  3. takanist より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; .NET CLR 1.1.4322; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.0.4506.2152; .NET CLR 3.5.30729)
    いわゆるピジン英語では一人称主格にmeを使う例が結構あったと思います。
    古い黒人英語とかもそうだったかも。最近だとニューギニアのトク・ピジンとか。
    日系人の言葉にそれがあったのだとすれば、日系人を通じてアメリカ文化に触れることが多かった戦後の日本人が「ガイジンの話し方」として受容したのも自然ですね。

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