*

常識がひっくり返るドキュメンタリー「えんとこ」を見るべし

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

 12月6日(月)、13:00より、ポレポレ東中野で「えんとこ」というドキュメンタリー映画が特別上映される。
「えんとこ」とは、”遠藤さんのところ”の略。
 遠藤さんは全身麻痺の24時間要介護の人。
 寝たきりどころか食事も自力ではとれないという大変な人だ。
 私も一度「えんとこ」を訪ねたことがある。
 ちょうど夕食時だったが、口や舌の筋肉を自由にコントロールすることができないので(筋肉が勝手に動いてしまう)、介護の人がタイミングを見計らって口の中にスプーンを突っ込む。それを遠藤さんがものすごい時間をかけて咀嚼する。
 たしか夕食だけで2時間か3時間かかったのではないか。
 朝飯も1時間以上かかるらしい、便も同じくらいかかるから、生きていくのに最小限必要なことをやってるだけで一日が終わってしまう。
 すさまじい生き様だ。
 でも、「えんとこ」は、「必死に生きようとする遠藤さんと、彼を支える介護ボランティアたちの心温まる感動秘話」なんかじゃない。(まあ、そんなものを私がここで紹介するはずもないが)
 かといって、大宅賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞した「こんな夜更けにバナナかよ」みたいな話でもない。
 「バナナ」は、やはり全身麻痺の障害者が主人公で、自己中でものすごくアクの強いその人物に呆れながらも、彼との付き合いを通してボランティアたちが人間的に成長していくという話だ。
 遠藤さんは、「バナナ」の主人公みたいにわがままではない。
 だいたい、いちばんちがうのは、介護人がボランティアじゃないということだ。
 自治体から遠藤さんがお金を引き出し、介護人にバイト代を払っている。
 介護人には福祉の専門家やふつうの人もいるが、 中には引きこもりで他の仕事ができないとか、演劇をやっててふつうのバイトができないとか、 精神科系の病気を抱えてるとか、しまいにはオーバーステイの外国人までいる。
 彼らはみな、一般の仕事が見つからないか勤まらないかで、「えんとこ」へやって来る。 そして、遠藤さんにバイト代をもらってなんとか生活をしている。
 ちなみに、私が「えんとこ」を訪れたのも、いわゆる「心の病」を患って以来、ふつうの職につけなくなった友人の働き場所を探してまわっていたら、そこが見つかったのである。(結果的には諸般の事情で実現しなかったが)
 物理的には、彼らが遠藤さんに飯を食わせてあげてるのだが、生活的には、遠藤さんが彼らに「飯を食わせてやってる」のだ。
 私の知り合いのミャンマー人など、もう「えんとこ」だけに生活を依存している。それがなければ生きていけないのだ。
 ちなみに、そのミャンマー人は遠藤さんのことを「社長」と呼んでいて、私は笑ってしまった。たしかに、介護される遠藤さんが「経営者」で、介護する側が「従業員」だもんな。
 これまでも日本語もよくわからない中国人やらペルー人やらがバイトしてきたらしい。
よっぽど私が「えんとこ」について書きたいくらいだが、書くつもりがないのは、すでに「えんとこ」というドキュメンタリー映画があると聞いたからだ。
 数年前に撮られたそうだが、私はまだ見ていない。
 それがこの度、たった一回だけだけど上映されるわけだ。
 またしても、ポレポレ東中野で。
 貴重な機会なので、ぜひ見に行きたい。
 会社員の人はキツイと思うが、時間に都合がつく方は是非ごらんになってください。

関連記事

no image

映像をだらだら見れた!

久しぶりに会った年長の友人の勧めでtwitterを半年ぶりに再開した。 ブログとの棲み分けができるの

記事を読む

no image

アジア新聞屋台村プレイバック

 昨日、突然5年ぶりにエイジアン新聞社の劉社長から電話がかかってきた。 「急ぎの仕事があるからやって

記事を読む

no image

ツチノコ・ロケ

「未確認思考物隊」のロケで岡山の「ミスター・ツチノコ」滝沢さんに会いに行く(写真:左)。 20年間、

記事を読む

no image

育ての親

自然現象なのかバイオリズムなのか、 周期的に「落語がすごく聞きたい」という時期がくる。 今がその時期

記事を読む

no image

頼るのは自治体でなく郵便と宅配便

今さっき、カメラマンの鈴木邦弘さんと久しぶりに電話で話した。 鈴木さんとはかつて一緒にコンゴに行き(

記事を読む

no image

Somaliland ni iru hutari no watashi

Twitter dewa mou kaiteirukedo,yatto Somaliland

記事を読む

no image

名探偵クイズ

うっかりしていたのだが、5月に本の雑誌社から『作家の読書道3』が刊行されていた。 柳広司、阿部和重

記事を読む

no image

イスタンブール無事到着

昨夜8時ごろ、ようやくイスタンブールに到着した。 東京の自宅を出て、36時間後のことだ。 なんでも一

記事を読む

no image

ビルマロード完全走破!

。 (写真:ナガの吊り橋を渡るロケ隊のバイク)  40日にわたるミャンマー辺境のロケを終え、今日の昼

記事を読む

no image

『アジア新聞屋台村』見本とどく

 『メモリークエスト』に気を奪われていてすっかり忘れていたが、 本日、『アジア新聞屋台村』(集英社

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年4月
    « 3月    
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930  
PAGE TOP ↑