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『移民の宴』重版。ついでにお詫びと訂正

公開日: : 最終更新日:2013/09/02 高野秀行の【非】日常模様

2013.08.29imin

先日、読者の方からこんなメールをいただいた。

「過日、御著「移民の宴」を拝読いたしました。そのなかで「はじめに」の冒頭、日本には外国人が207万人いて……とのあと、北海道全体の人口を上回りとありますが、北海道の人口は5,451,739人(住民基本台帳人口:平成25年6末現在)です。当該書の発行時は、もっと多かったのですが、どうして冒頭のような表現になるのでしょうか。理由をお聞きしたいと思います。」

理由は何かというと、単純に間違いである。
今から振り返ってもどうしてそんな勘違いをしたのかわからないのだが、そのとき私は北海道の人口が200万人くらいに思い込んでいたようだ。いくらなんでも北海道の人口がそんなに少ないわけがないのに。
最初に私が間違ってそう書いてしまい、その後二人の担当編集者も、校閲者も気づかないまま活字として出版されてしまった。

この本は情報の量と種類がひじょうに豊富なので、間違いがないように、編集者ともども万全を尽くしたつもりだったが、
まさかいちばん冒頭でいちばん誰にでもわかるミスを犯してしまうとは、全く情けないかぎりである。

当然の話だが、すでに何人かの読者と関係者の方々よりご指摘を受けており、電子書籍版では
「もはや人口が二〇六万人の岐阜県に匹敵し」に改めている。
とはいうものの、紙の本を買ってくださった人には関係のない話で、申し訳ないとしか言いようがない。

もっと早くブログで公表すべきだったが、これまた何となく機を逸してしまい、今頃お詫びと訂正を申し上げる次第です。

……と書く準備をしていたら、思わぬ朗報が入った。『移民の宴』が重版になったのだ!

やっぱり、人間正直に生きるといいことがあるんだなとかそういう問題では全然ないと思うが、
いくつか単純ミスはあれども、この本は私の本の中でも珍しく社会的意義があるし、実はソマリランドと同じくらい私にとって新境地を拓いた本なのだ。たいへんに嬉しい。

ついでなので、もう一カ所直すことにした。
それは「第一章 成田のタイ寺院」のところで登場する料理名。
現在、私は電子書籍で見ているので紙の本のページ数はわからないのだが、「子供連れによし、デートにもよし?」という
なかなか魅力的な小見出しの少しあとである。

「(略)焼きイカ 『パムヤーン』、バナナの花と唐辛子を和えた『ヤムフアプリー』などなど(以下略)」

まず、これも単純なミスだが、ヤムフアプリーは「バナナの花」というより「つぼみ」が正確だと思う。
そして次は簡単に誤りとは言い難いのだが、「パムヤーン」という表記。
タイ語をできるだけ忠実にアルファベットに直すと、plaa muk yaangとなる。カタカナなら「プラームックヤーン」だ。
ところがタイ語ではplaa(プラ-)はほぼpaa(パー)と発音される。

plだけではなく、prもkrもとにかく二重子音が実際の発音上は片っ端から消えてしまうのである。
プラー(魚)はパー、プラテーッ(ト)・タイ(タイ国)はパテーッ(ト)、グラダーッ(ト)クルアン(機械)はクアン…といった具合だ。
なのに、形式上はプラとかグラとか教えるので、日本人を筆頭に外国人はそう発音してしまうし、タイ人もそう発音すると期待してしまう。特に日本人はカタカナにひっぱられ、子音を分離して発音する癖があるからなおさらだ。
日本人がタイ語を学習するうえで最も障害になっているのがこの二重子音問題じゃないかと思う。

ちなみに、隣のラオス語(タイ語のイサーン方言も同じ)やミャンマーのシャン語では、書き言葉でも「魚」はプラーでなく「パー」だ。タイ語ももう開き直ってそうしてくれたらと思う。日本のカタカナ風に「プラー」なんて言っても通じないのだから。

話を元にもどすと、だから焼きイカも実際の発音は「パムヤーン」のほうが「プラームックヤーン」より圧倒的に近い。とくに普段は早く発音するため、音がつづまって聞こえるのだ。(ムックmukのkは喉の中で消える音なので実際には聞こえない。)
私が成田のタイ寺院で取材したとき、私はタイ語から相当遠ざかっていて、パムヤーンと聞いたとき、何のことかピンと来なかった。
だから音のままで表記した。ただ音の拾い方は正確だった。

なので、パムヤーンでいいわけだが、魚は一般には「プラー」と表記される。もしパムヤーンで行きたいなら、魚はパー、
ナンプラーも「ナンパー」でないと整合性がなくなる。
言語というのはそういう「整合性」が問題になってくるのだ。だから今回の重版では「プラームックヤーン」と、実際の発音から遠ざかった表記に変えることにした。

もしタイに行って料理を注文するなら、イカは「プラームック」でなく「パム」と発音していただきたい。そっちの方が絶対よく通じる。

こういった言語に関するさまざまなトリビアは「私を悩ます外国語たち」というタイトルで一度、まとめて書いてみたいが、
読みたい人がいるかどうか。

まあ、ともかく、私の新境地である『移民の宴』をぜひお読み下さい。もし疑問点などあれば、どしどしご報告ください。

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Comment

  1. hu より:

    当然のことですが、読みたいです。
    読みたい読みたい読みたい。連呼するくらいに。
    アジアの伝統的な書写言語のほとんどがそうですが、タイ語は綴り方が保守的で、発音との乖離がはげしいので読み書きを覚えるのに苦労します。
    ラオ語はそこからスタートして単純化したので非常に合理的ですが。
    繁体字と簡体字の関係にもちょっと似ています。

    ところでイカがplaa 「muk」なのは、中国語の「墨」魚から半分意訳したということはないでしょうか…?

  2. hiro より:

    現在シンガポールで働いていて、8月に日本に一時帰国した時にソマリ本と一緒に買いました。ソマリ本と同じくらいというか、私にはソマリ本以上に面白かったです。日本に住む移民の方には宗教が強い影響を与えているのですね、新しい発見でした。次回は、日本人が非常に少ない国、地域に住む日本人の”海外版”移民の宴は如何でしょうか?

  3. こはる より:

    タイにいる時、
    「さかなちゃん(プラー)」を連れてこないといけないのに「おばちゃん(パー)」を連れて行って笑われたなあ・・・・・

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