*

落語界の奇才、小説もいけるのか!

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

春風亭昇太がリーダー役を務める創作話芸アソーシエーション、略してSWA。
私は昇太さんの独演会も好きだが、このSWAも大好きで、3回行ったことがあるし、
DVDも2枚とも持っていて、何度も見直している。
昇太さんはもちろん、柳家喬太郎、三遊亭白鳥、柳家彦いち…の4人全員が、
みんな、それぞれ全くちがった個性を持ちつつ、誰が誰より上とも言えないハイレベルを保っている。
ところが最近ではチケットが全然入手できない。
この前など、10時の販売開始と同時にネットにつなごうとしたが、まったくダメで、
しかたなく5分後に電話をかけたら、こっちは一発でつながった!と喜んだ直後、「売り切れました」と言われてしまった。
諦めていたところ、たまたまNHK-BSの「エル・ムンド」という番組に出たとき、
一緒に出演していた彦いちさんにSWAに行きたくても行けないとこぼしたら、
「そんなの、私に言って下さいよ!」と、なんと11月のチケットをとってくれた!
久しぶりに観た(聴いた)SWAはよかった。
「古典アフター」というDVDで観たのと同じネタだが、生で聴くと声のとおりが全然ちがい、
はあ…と嬉しいため息が出た。
中でも、喬太郎さんの「本当は恐い松竹梅」は出色である。
粗忽ものの落語を単なるパロディではない本格ミステリに落とし込んでしまう手管には
あらためて脱帽した。
これを聴くと、ミステリにも会話と人物造形、話の流れなど全てにわたり古典落語とそっくりの「型」があり、
ミステリファンというのは、半分くらいは謎ではなくその型を楽しんでいることがよくわかる。
これはぜひ「SWAのDVD2 古典アフター」でご覧いただきたい。
終演後に彦いちさんにご挨拶に行ったところ、
楽屋で後片付けをしている白鳥さんと喬太郎さんにも紹介していただいた。
びっくりしたことに白鳥さんは私を見て、「え、あの、怪獣の人?!」と言うではないか。
ムベンベとか読んでくれていたらしい。
まあ、考えてみれば、異常な動物ネタを得意としている人だから、未知動物にも目が行って不思議でない。
あとで昇太さんも、「白鳥クン、やっぱり高野クンのを読んでいたか」と笑っていた。
で、前置きは長くなったが、本題はこれから。
この会ではホールで白鳥さんの「小説」が販売されていた。
『ギンギラ☆落語ボーイ』(論創社)。
小説に期待するというより、あの奇才が小説という別の器でどう話を作るのか
というところに興味があった。
主人公はパッとしない二つ目の若手落語家で、話し言葉は「俺」で、
自信家でぶっきらぼう…
と、なんだか佐藤多佳子の「しゃべれどもしゃべれども」みたいだ。
小説自体はすごくうまい。文章にしても描写にしても、
それこそ佐藤多佳子や山本幸久を彷彿させるほどで
プロの小説家の基準を軽くクリヤーしている。
ていうか、私よりは少なくともうまい。
うまいんだけど、物足りない。
白鳥さんの落語と正反対だ。
白鳥さんの落語はうまくないわけじゃないけど、うまいかどうかを考えさせないほど
ぶっ飛んでいる。そして面白い。
…て思っていたのだが、立川流をモデルとしているとおぼしき、尖った落語家が現れてから、急にテンションがあがってきて、主人公が中国人マフィアに拉致されるところで
完全に落語並みの「白鳥ワールド」。
中国人マフィア? 拉致?
序盤に手堅くやっていたのは何のためだったのかさっぱりわからないのだが、
これがすごい。
荒唐無稽になればなるほど主人公の心情にリアリティが出てくる。
正直粗くなるし、うまいとは言えないが、もはやうまいとかうまくないとか
そんなのはどうでもいい世界。
でも面白い。これぞ小説の醍醐味!という感じだ。
しかもしかも、ラストに主人公が「時そば」をやるところでそれが三重にリンクするという荒技というか離れ業。
うまいかどうかじゃないんだということをこれ以上うまく訴える方法があるのか。
いや、もう感服しました。
白鳥師匠、さすが大学時代に空手部と童話研究会にいただけある。
あ、いや、そんなこと関係ないか。
ともかく、今年読んだ小説の中ではベスト3に入る気すらして、
白鳥さんには次回、ぜひ怪獣モノの落語と小説の両方をやっていただきたいです。
あ、それから「SWAのDVD」(1のほう)では、彦いちさんの「掛け声指南」が最高。
タイ人のボクシングトレーナー、ムアンチャイの「ガンバレー!」が今、私の中でずっとブームである。

関連記事

no image

私の名は紅

前から気になっていたケン・フォレットの世界的ベストセラー『大聖堂』を読み始めたのだが、 物語はとく

記事を読む

no image

今更アニー・プルーの衝撃

この前、マイクと話していたとき、「アニー・プルーがいい」と言っていた。 私も十年以上も前、まだ早稲

記事を読む

no image

25年ぶりに天龍源一郎を見た

なぜか一足早く忘年会シーズンになり、 連日飲んでいる。 日曜日は先日本屋野宿を行った伊野尾書店の伊野

記事を読む

no image

「クロワッサン」で料理デビュー

明後日(3月25日)発売の「クロワッサン」が届いた。 表4(裏表紙?)をめくったところに、内澤

記事を読む

no image

ダーティな本気はピュアなのか

斉藤一九馬『歓喜の歌は響くのか 永大産業サッカー部 総武3年目の天皇杯決勝』(角川文庫)を読んだ。

記事を読む

no image

凄すぎる、長すぎる、印流小説

 ヴィカース・スワループの『6人の容疑者』(武田ランダムハウスジャパン)をやっと読み終えた。ミステ

記事を読む

no image

危険の意味

『アフリカにょろり旅』(講談社文庫)の著者、青山潤氏(東大特命準教授)と対談。 一年のうち3,4ヶ月

記事を読む

no image

無料出張上映会&琉球映画

今月から始めた無料出張上映会の第一回が 台東区の施設で行われた。 主催者は旅好きな会社員の人。 その

記事を読む

no image

ユニクロ・ニューヨーク店

ユニクロ・ニューヨーク店のフリーペーパーに、 私のエッセイが載ったと風の噂に聞いた。 編集者から何も

記事を読む

no image

新聞屋台村、再訪

今度、日本に移住した外国人の連載を始める関係で、 タイに関して聞きたいことがあり、ふらっとアポもな

記事を読む

Comment

  1. 高野秀行 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0; WOW64) AppleWebKit/535.1 (KHTML, like Gecko) Chrome/14.0.835.202 Safari/535.1
    大事なことを言い忘れた。
    なんとも残念なことに、SWAは今年でもう解散です。
    さよなら公演はまだチケットがあると数日前に聴きました。
    あ、私も早く予約しないと!

高野秀行 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年3月
    « 3月    
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
PAGE TOP ↑