*

正月には柳昇師匠がよく似合う

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

ここ数日、なんだか正月のような気がしてならない。
そう言うと妻に「は?」と呆れられたが、寒くて晴れていると
私には毎日が正月に思えてしまう。
正月といえば読書だ。
最近読んだ本の中では春風亭柳昇『与太郎戦記 ああ戦友』(ちくま文庫)
いちばん面白かった。
柳昇師匠の「与太郎戦記」シリーズは三部作であり、第一作『与太郎戦記』はすごく面白く、
第二作『陸軍落語兵』(ともにちくま文庫)はまあまあ、第三作が盛り返してまたすごく面白い(ただし、後半はぐだぐだなので
読まなくていいかもしれない)。
柳昇という人は、春風亭昇太の師匠である。
2002年頃、知り合いに連れて行かれて初めて昇太さんの高座を見たとき、
「師匠が病気で入院しているので、しょっちゅう見舞いに行っている」とまくらで話をしていた。
柳昇師匠はとにかくやさしくて弟子に何も文句を言わない人だったらしいが、
「政治とスポーツは贔屓をつくるな」と弟子たちに日頃教えさとしていたという。
芸人が誰か特定の人やチームを応援してはいけないということだ。
で、昇太さんが言うに、病院にお見舞いに行っても話すこともないから、
しばらくすると師匠がラジオをつける。
ニュースで「プロ野球の結果。阪神対巨人、5対3で阪神の勝ち」とアナウンサーが告げると、「ちっ!」と師匠が舌打ちした。
「思いっきり巨人ファンじゃん!」というのが、初めて昇太さんを聞いたときのマクラだったのだ。
間抜けなことに、このときは昇太さんの師匠が『与太郎戦記』の著者だと気づかなかった。
しばらくたって、初めて気づき、なるほどなあと思ったのだ。
柳昇師匠の文章が超一級品であるのは間違いない。
なにしろあの高島俊男先生が中国関係本紹介の名著『本と中国と日本人と』(これもちくま文庫)で『与太郎戦記』をとりあげ、
柳昇師匠を「天性の文才」をもつと評し、
「これくらい笑わせてくれて、しかもこれほど上等な本は、めったとあるものじゃない」と絶賛している。
しかも「上等」が何を指すのかというと、
1.文章がいい
2.終始一貫まじめである
3.世におもねらない
ときちんと説明している。
私は二十代、中国に行く前後に高島先生のこの本を読んで柳昇師匠の本を読んだ。
もちろんすごくよかった。
そしてその十数年後に弟子の昇太さんの落語を聞きファンになり、
今、また柳昇師匠の本を読んでいるわけだ。
ちなみに、落語家は文章の書ける人が多い。古今亭志ん朝など
高座の落語をそのまま活字に起こして十分、文学作品として成立するものをつくっていたくらいだ。
ある意味では当然なのかもしれない。
その中でも(私が読んだかぎり)、柳昇師匠はダントツである。
あの半分天然で他人事みたいなとぼけ節はまさに「天性の文才」で真似のしようがない。
次が立川談春『赤めだか』(扶桑社)か。
柳昇師匠亡きあと、私が期待するのは三遊亭白鳥さんだが、
こちらは壊れっぷりが半分天然である。

関連記事

no image

在日外国人支援ボランティア

世界中の人たちに二十五年もお世話になりつづけている。 そろそろ何か恩返しをしなければと思い、 在日ア

記事を読む

no image

もう当分OBとは関わりたくない

早大探検部50周年映像上映会はけっこう大勢の人が来てくれたし、 西木正明、恵谷治両先輩とのトークも想

記事を読む

no image

バンコク炎上

昨日は友人のKさんに教えられ、twitterで、バンコク在住のRichard Barrowという欧

記事を読む

no image

おすすめ文庫王国2012

本の雑誌の杉江さんと久しぶりに打ち合わせ。 私と杉江さんはとかく仲が良く、読書の好みもそっくりのよ

記事を読む

no image

新年あけましておめでとうございます

昨年の出版界は、一般社会に輪をかけた未曾有の大不況だったようである。 その影響は直接間接に私のところ

記事を読む

no image

宮田珠己がソマリランドとソマリアに迫る!

またまたイベントのお知らせです。 『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)発売記念 高野秀

記事を読む

no image

子供がノノさんになっていいのか

杉江さんから「な、な、なんか大変なことになってる!」と まるで銭形平次のところに駆け込んでくる八五郎

記事を読む

吾妻ひでおがもたらした超有用情報

吾妻ひでおの『疾走日記2 アル中病棟』(イースト・プレス)を読んだ。こんな細かい漫画を8年も書き続け

記事を読む

no image

「アドゥンはタイ人」さんご来場

上智大学の講義第2回。 ゲストであるタイの伝統音楽家アドゥンさんと大学の北門で待ち合わせていたのだ

記事を読む

no image

メモリークエスト依頼者面談、開始!

都内の某高級ホテルのラウンジで、幻冬舎「メモリークエスト」の面談を始めた。 集まった依頼の中で「これ

記事を読む

Comment

  1. よっしぃ より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 5.1; rv:8.0) Gecko/20100101 Firefox/8.0
    高野さん、木曜日にTBSラジオに出るんですね!
    http://www.tbsradio.jp/dig/index.html
    今週はラジオ業界はひじょーーーーーに大切な週なので
    ぜひ、高聴取率を飛ばして
    そのままレギュラー番組を目指してください!
    お昼にやっているキラキラという番組、
    高野さん向きなんだけどなー

  2. 高野秀行 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0; WOW64) AppleWebKit/535.2 (KHTML, like Gecko) Chrome/15.0.874.121 Safari/535.2
    よっしいさん、ごぶさたです。
    >今週はラジオ業界はひじょーーーーーに大切な週なので
    って何ですか?
    ラジオ強化週間とかあるんですか?

  3. よっしぃ より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 5.1; rv:8.0) Gecko/20100101 Firefox/8.0
    ありますあります。
    いわゆる「聴取率調査週間」です。
    ラジオはテレビとは違って、毎日視聴率を計測するわけでなく
    年6回、1週間に集中して計測するのです。
    これで1位になれば、スポンサーがつきやすい。
    そして、今週がその週です。
    うちのオフィスでもラジオ(J-WAVE)がが流れていますが、
    豪華ゲストが出ています。
    つまり、高野&角幡組は豪華ゲストなわけで。
    プレッシャーをかけるわけではありませんが、
    間違いなく大変重要な週なんです!
    期待しています!

  4. 高野秀行 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1) AppleWebKit/535.2 (KHTML, like Gecko) Chrome/15.0.874.121 Safari/535.2
    今年の「王様のブランチ」でおわかりのように、
    私が関わると本来影響力のひじょうに強いメデイアでさえ
    パワーを失います。
    というか、私には物事をマイナー化させる力があるのですね。
    だから、今回もTBSのパワーダウンに貢献すること、間違いなしです!

  5. サチ より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; .NET CLR 1.1.4322)
    記事と関係のないコメントで申し訳ないのですが、どうしてもお知らせしたくて……。
     TVガイドによると、1月からテレ朝で、『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』が連続ドラマ化されるそうです。何日からかははっきり書いていませんでしたが、日曜の午後11:15〜という、なにやら実験的な香りのする時間帯です。

  6. よっしぃ より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 5.1; rv:8.0) Gecko/20100101 Firefox/8.0
    昨日のラジオ、聞きましたよ。
    お二人を知らない人には、ほぉーと思う内容なのかもしれないけど
    ファンとしては
    「もぉ、せめて著作くらい読んでおいてくれよ!」と憤慨しておりました。
    平山さんとの対談のほうが、高野さんの魅力が引き出せていて
    面白かったです!

よっしぃ へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年7月
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031  
PAGE TOP ↑