*

逃亡先としての「辺境」

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


知人に勧められて、乃南アサの『涙』(新潮文庫)を読んだ。
1964年、東京オリンピックの最中に殺人事件が起こり、それに関与したと見られる若い刑事が失踪する。
刑事の許嫁である主人公が、日本各地を探して回るという筋立てが核のサスペンスだ。
この小説は典型的な「逃亡もの」である。
そして私は逃亡ものが大好き。
なぜなら、逃亡者は必ず「辺境」に逃げるからだ。
逆の言い方をすれば、逃亡者の行く先が「辺境」と言える。
例えば、角田光代「八日目の蝉」(中央公論新社)では、
子供を盗んで指名手配された主人公は
・工事のため立ち退き命令が出て無人となった住宅地
・新興宗教の拠点
・瀬戸内のラブホ
などを転々とする。なるほどという感じだ。
いっぽう、これはノンフィクションだが、市橋達也「逮捕されるまで」(幻冬舎)
フィクションとノンフィクションではちがうと言う意見もあるかもしれないが、
市橋達也も「なんとかなりそう」というイメージでそこに行っているわけだから、
発想としては小説家とそんなに変わらないんじゃないかと私は思う。
こちらは初期は北関東、熱海、青森、東京などを短期間に回っているが、
中長期で滞在したのは、
・四国のお遍路
・沖縄の離島
・那覇
・大阪の西成
だった。
こちらも「なるほど」である。
では「涙」ではどうだったか。
・川崎のドヤ街
・熱海の温泉宿
・福岡の炭鉱
・大阪の釜が崎
・沖縄・宮古島
正体を隠して働けるような場所として、「炭鉱」や「川崎」が登場するのがさすが1960年代である。
「熱海」も意外。私はてっきり新婚旅行で行くような場所だったと思い込んでいたが、
夜は素人の女性は誰も歩いていないような、風俗の町だったらしい。
しかも「東京より家がたてこんでいる」というから驚きだ。
しかし、私が心惹かれたのはなんといっても沖縄。
まだ米軍に占領されたまま、つまりパスポートがなくては行けない「外国」だったのだ。
当然日本の治安当局の手の及ばない地域であり、でも言葉はいちおう通じる。
これはどの犯罪者もみんな目指したことだろう。
通貨は米ドルで、常夏の国で、なんだかフィリピンかサイパンみたいな雰囲気もする。
宮古島など、まだテレビの電波が届いてなくてラジオのみだし、
台風で木も家も根こそぎ吹っ飛ばされてしまう。
ああ、この時代の沖縄に行ってみたかったとしみじみ思う。
ちなみに、今日奥多摩にぶらっと行ってみたら、妙に指名手配のポスターが多かった。
あの辺もそういう人間たちが流れ着く「辺境」なのだろうか。

関連記事

no image

「自分の枠」と「屠畜感覚」

先日コダックフォトサロンで行った角田光代さんとの対談が 講談社の文庫情報誌「IN☆POCKET」に掲

記事を読む

no image

エンタメノンフ的野球論

野村克也『あぁ、監督』(角川Oneテーマ21) 近年、二度目のブームを迎えている野村監督が ボヤ

記事を読む

no image

人の旅がうらやましいときは

最近ここに書くのをすっかり忘れていたような気がするが、「メモリークエスト2」の方も少しずつ進めている

記事を読む

no image

天地明察

冲方丁(うぶかた・とう)『天地明察』(角川書店)を読了。 いやあ、素晴らしい。 新しい日本独自の暦

記事を読む

no image

酒にふりまわされる人生

この十数年で飲んだ大量の酒がついに体の飽和量に達してしまったのか、 まったく酒を飲む気にならず、なん

記事を読む

no image

2007年に読んだ本ベスト10(小説部門)

恒例(といっても2回目か)の「今年読んだ本ベストテン」である。 自分が読んだということだから、今年出

記事を読む

no image

「アドゥンはタイ人」さんご来場

上智大学の講義第2回。 ゲストであるタイの伝統音楽家アドゥンさんと大学の北門で待ち合わせていたのだ

記事を読む

no image

酔って記憶をなくします

野宿泥酔の翌日は二日酔いにもならず、心身とも妙に快調。 そして翌々日、つまり今日も絶好調。 身体か

記事を読む

no image

クリント・イーストウッドとモン族

一年ぶりにTSUTAYAでDVDを借りて、観た。 ウチザワ副部長がかつてブログで絶賛していたクリン

記事を読む

no image

水泳大会&妻帰る

先週は虚ろな日々を過ごしていたが、 日曜日は前々から予定されていた巣鴨での水泳大会。 リレーのメンバ

記事を読む

Comment

  1. 杉江 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Linux; U; Android 2.3.3; ja-jp; INFOBAR A01 Build/S9081) AppleWebKit/533.1 (KHTML, like Gecko) Version/4.0 Mobile Safari/533.1
    角田さんの新刊『紙の月』も逃亡劇なんですが、逃げた先が高野さんの詳しいあたりだと思います!

  2. 高野秀行 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0; WOW64) AppleWebKit/535.11 (KHTML, like Gecko) Chrome/17.0.963.83 Safari/535.11
    もしかして、ソマリランド!?
    意外すぎて誰にも見つからないと思うな(笑)

  3. 嵐馬詐欺 返金はTCA総合探偵事務所

    嵐馬/返金・解決お任せ下さい!競馬予想詐欺 競馬ソフト詐欺 詐欺返金 被害返金 詐欺被害 無料相談 TCA総合探偵事務所

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年7月
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031  
PAGE TOP ↑