*

高野秀行プロデュース第2弾! エンタメノンフ最終兵器登場。

公開日: : 高野秀行の【非】日常模様

もう高野本やこのブログの読者のみなさんにはお馴染みだと思うが、私の古い友人でスーダンから来た盲目の留学生アブディンが、本日ようやくポプラビーチでエッセイの連載をスタートした。

題して「わが盲想」。アブ本人の強い希望による。

思えば長い道のりだった…とつい遠い目をしてしまう。
彼の文章を読み、「こいつは作家になるしかない!」と思ったのはもう5年か6年前のことだった。

その後、「何でもいいから何か書けよ」と言うと、スーダンでの家族の思い出とか日本に来た当初のこととかを
三つか四つ、書いて送ってきた。それは素晴らしい出来だった。

私はそれを当時、集英社文庫で私の担当をしてくれていた故・堀内倫子さんに見せた。
彼女は嫌がる私を説得して「ワセダ三畳青春記」や「異国トーキョー漂流記」などを書かせ、
また物語の作り方や描写の仕方まで本当に多くのことを教えてくれた腕利きだった。

アブの文章を見ると、案の定、堀内さんは「まさに金の卵ね!」と目を輝かせた。
堀内さんをアブに紹介し、その後は二人で構成を考えたり、ネタだしをしたりした。

アブがもたもたしているうちに、堀内さんは急逝してしまい、この話も流れてしまったが、
諦めきれない私は今度は自分がプロデュースして彼にノンフィクション大賞に応募させようと画策した。
とくに小学館ノンフィクション大賞をとらせて、賞金1000万円を山分けしようというひじょうにエキサイティングかつアグレッシブな挑戦である。

ワタル社長に協力を頼み、三人で企画構成を考えようと、アブのうちの近くのファミレスに集まることになったが、
アブはなんと1時間半も遅刻してきた。遅刻したうえに、「腹が減った」と言い、ゆっくりと昼飯を食べ出した。

「こいつはもう……!」と思ったことは忘れない。もっともそんなことは一度や二度ではなかったが。

ワタル社長と三人の打ち合わせは2回か3回行われたが、どうしてもある程度以上行かなかった。
「今、自分が別に何をやってるわけでもないし、ただの学生だし…」とアブが言う。
モチベーションが上がらないらしい。
よく考えてみれば、アブの物語はこの時点ではたしかに何もオチがない。
これで「やっと一人前の研究者として大学で職を得た」とか、「国連の親善大使に選ばれた」とか、「お笑い芸人としてデビューした」とかなら
話のもっていきようもあるが、そのときは何もなかった。
私はひじょうに現実的な人間なので、「これじゃ一千万円は無理だ。やめよう」と判断した。

で、一年半くらい前、ポプラ社のSさんが「アブディンさんに何か書いてもらえないでしょうか」と声をかけてきた。
ちょうど「困ってるひと」がウェブで連載中で、早くも大反響を呼んでいたころじゃなかったろうか。
これがまさにドンピシャのタイミングだった。
アブにはその頃、ついに人生の一つの「オチ」が着いていたからだ。

アブも作家になりたいという強い思いがあったら、いよいよ三度目の挑戦とあいなった。
そして本日、ついに陽の目を見ることになった。
感無量である。
そう電話でアブに告げたら、「いやあ、まだ芽が出ただけだからね。これから台風に襲われたり、鳥に食べられたりとかいろいろあるよ」と平気な口調で言う。

「おまえが言うな!」という感じである。

今回の連載第0回は前口上だが、それでもアブの文章センスは十分に伝わるはずだ。
まさに「エンタメノンフ最終兵器」。
「困ってるひと」と同等のインパクトを保証します。

関連記事

no image

2012年に読んだ本ベスト10

毎年恒例の「私が今年読んだ本ベスト10」。私が読んだ本だから、今年出版のものとはかぎらない。 とは

記事を読む

no image

ダイエットとヒナゴン

数日前、妻・片野ゆかが出版した新刊『ダイエットがやめられない 日本人のカラダを追及する』(新潮社)を

記事を読む

no image

旅いろいろ

私が最近寄稿した雑誌が2冊、ほぼ同時に送られてきた。 どちらも旅の本で、一冊は「バックパッカーズ読本

記事を読む

no image

小さいおうち

中島京子の直木賞受賞作『小さいおうち』(文藝春秋)を読む。 まあ、書き出しから文章がすばらしい。

記事を読む

no image

新刊の表紙はマダム・ヤン

6月26日に発売される新刊『アジア新聞屋台村』(集英社)の見本が届いた。 「マダム・ヤン」みたいな女

記事を読む

no image

日本最速の作家

台風のなか、八王子にある宮田珠己ことタマキングの仕事場にお邪魔する。 先日は話し足りなかったし、編集

記事を読む

no image

パレスチナの悲劇は世界の元気か

 今日こそアラファトとパレスチナについて辺境的な感想を一言書きたい。 十年ほど前、中国の大連にしばら

記事を読む

no image

自民党総裁選と「プリンセス・マサコ」

探検部のだいぶ上の先輩に連れられ、有楽町の「外国人記者クラブ」というところに行く。 読んで字のごとく

記事を読む

no image

日曜日のイベント

代々木でミクシイの高野秀行コミュ&宮田珠己コミュ合同イベント。 雨上がりにもかかわらず40〜50人(

記事を読む

no image

全国のホテルにスットコを!

宮田珠己『スットコランド日記』(本の雑誌社)を 気が向いたときにてきとうなページを開いて読んでいる。

記事を読む

Comment

  1. 匿名 より:

    http://www.cdb.riken.jp/jp/04_news/articles/11/110210_pigmentosa.html
    を見て下さい。そう遠くない将来、アブディンの目が見えるようになるかもしれない。もっとも、そうなると、面白くない文章しか書けなくなるかも知れないですね。。でも、見られるようになった世界を書けば、もっと、おもろくなるかもしれません。

  2. nil より:

    オト中心のことば使いが奇しくもダジャレの達人(「それは日本のみなさんが子ども時代にお世話になった」・・・・って!)になるところがものすごくツボにはまります。
    鈴木孝夫さん・田中克彦さんと鼎談したらえらく面白いんじゃないでしょうか?

  3. SJ次郎 より:

    アブディンさんの文章を読ませて頂きました!なんか、素朴な中にユーモアと誠実さを感じました!
    早く次が読みたいです!
    FSでも大反響ですね!
    高野さんも、ピンチかな?なんてね!

nil へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年4月
    « 3月    
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930  
PAGE TOP ↑