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知られざる危険地帯・タイ最南部の謎

公開日: : 最終更新日:2012/06/13 高野秀行の【非】日常模様

私は定期的に新聞を変える。どれも一長一短で決め手にかけるからだ。

今月からは久しぶりに朝日新聞にした。戻してよかった!と思ったのは先週の夕刊で
「忘れられた戦争 タイ最南部の悲劇」という連載が始まったときだった。

忘れられているというより「誰も気づいていない」という方が正確じゃないだろうか。
あののほほんとしたタイで、マレー系イスラム教徒と仏教徒による抗争やテロが8年も続き、
犠牲者は五千人以上とも言われている。
イラクのバグダッド、アフガニスタンのカブール、ソマリアのモガディショの「御三家」と同じくらいの危険度かもしれない。
なのに、外国人に知られていないし、一般タイ人もさして関心をもってないように見える。

この戦争というか抗争は、実に不思議だ。
私の友人にものすごく情報通のタイ人ジャーナリストがいるのだが、彼でさえ「南部の事件は
いったい何がどうなっているのかわからない」という。
単純にマレー系住民と仏教徒住民(もしくはタイ政府当局)の争いではないらしい。

この抗争については、「Gダイアリー」(2011年8月号)に記事が載っていた。
タイ・マレーシア国境に10年前から年に3,4回かよって取材しているという小薮譲二という人のルポである。
小薮氏によれば、この抗争やテロは宗教とも民族対立とも直接関係がなく、「利権確保に尽きる」という。
麻薬、売春、密輸を巡る抗争で、宗教が利用されているだけだと指摘している。

しかし、残念なことにこの記事でも、タイ最南部の抗争は「とにかく複雑」というだけで、何がどのようになっているのかはよくわからない。
そして、もっと残念なことに、朝日の連載では「利権」について一言も触れられずに終了してしまった。

2つの記事をミックスし、私の体験から推測すると、こういうことなんじゃないか。

まず、マレー系の分離独立を目指す反政府ゲリラ組織がある。ゲリラには資金源が必要だから、非合法なビジネスである麻薬や密輸や売春に手を出す。
最初は独立のためにやむをえずそのビジネスをやっているのだが、やがてその目的が無理っぽくなってくると、ただのマフィアと化してくる。
あるいは組織維持が優先されるようになる。どちらも結果は同じだ。

2004年、当時のタクシン首相は「麻薬戦争」を宣言、2500人もの犠牲者を出し、拷問や暗殺などを含めて、
ひじょうに強引な方法で組織をつぶしたり、取り締まりを行った。
だが、タイで最大のマフィアは「警察」と言われる。(「軍」は警察ほどではないにしても、これまたいろいろと悪い評判がある。)
つまり、取り締まりとは、警察という巨大マフィアが周辺のライバルマフィアを片っ端からつぶしていった利権抗争だったとも考えられる。
もっとも警察や軍も一枚岩ではなく、内部でも「麻薬戦争」に乗じて、大々的な抗争を繰り広げた可能性がある。

マレー系ゲリラ(マフィア)もこのとき多大な被害を受け、反撃を開始した。
そのとき、互いに「俺の商売に邪魔だからあいつらを殺す」とか「俺たちの縄張りを荒らすな」とは表だって言えないので、
「イスラムのため」とか「マレー系の独立のため」とか「仏教徒を守るため」という大義を掲げた。
あるいは、そのように下っ端のチンピラや一般住民に教えこんだ。

利権抗争は複雑であり、ときには警察の一派が自分の利権と対立する他の警察一派を攻撃することもある。
その際も、「あれはマレー系ムスリムのしわざ」と発表してしまう。そうすれば、誰もちゃんと事件を捜査したりしない。
タイ国民も政府も何も言わない。
もちろん、マレー系も同じことをしているかもしれない。

いっぽう、とくに熱心なムスリムの若者などは「ジハード」を真に受けてテロ活動に走ったりもするだろう。
同じようにムスリムから身を守らねばと考える真面目な仏教徒もいるだろう。
このマジメな人たちが抗争をいっそう複雑化している――。

……というように想像するのだが、どうだろうか。
朝日の藤谷健記者と小薮譲二氏と私の知人のジャーナリスト、ソムサックさん(彼は日本語もぺらぺら)の三人が
バンコクか東京で、集まって情報交換してほしい。
そして、状況をきちんと分析し、言語化してほしい。

何だったら、私が司会進行役を務めてもいいです。

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Comment

  1. より:

    その様子をぜひUSTで公開放送にしましょう!

  2. 高野 秀行 より:

    どこかでお金を出してくれないですかね~

  3. 渡辺 より:

    にこにこ動画で資金を募ったアスリートがいましたね、
    あれをしましょう!

  4. 義理の弟 より:

    タイ麻薬戦争のきっかけは、タクシン氏の長男・パントーンテー君が高校時代麻薬中毒になってしまったのがその一つ、という説があります(あと、アメリカの要請とか)。
    ほんまかいなとよく見れば、パントーンテー君の目尻に麻薬の後遺症と思われるかすかな痙攣(細木●子と同じ系統の)が、、、
    彼は中国系タイ人の長男なのに重んじられていないのは、おそらくそのせいでしょう。
    彼は父親からの株式譲渡などで金持ってます。たまに日本に家族といっしょに来るのでお金を出させ、ついでに話もしてもらいましょう。

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    • で、今気づいたんですが、「千葉ルー」の著者名を間違えてました。「斎東鉄腸」と書いてしまったけど、「済東鉄腸」でしたね。失礼しました。訂正します。 ReplyRetweetFavorite
    • 「千葉ルー」で思い出したのだが、私の知人は「千葉に何年も住んでいて日本語も話す言語研究者で今は故郷に帰っているルーマニア人」だった。彼女も「千葉ルー」だな。済東鉄腸さんのことを知っているかも。 ReplyRetweetFavorite
    • ハックは奴隷じゃなかったですね。すみません、間違いました。 https://t.co/S39LyxaidJ ReplyRetweetFavorite
    • 斎東さんはもっぱらネットやSNSを利用してルーマニア語を習い、「ひたすら現地で実践」という私の語学とは真逆に見えるが、そのやり方は手に取るようにわかる。ネットを通していながら、斎東さんも「現場主義」なんだと思う。 https://t.co/406lKPRFVW ReplyRetweetFavorite
    • 発売当初からずっと気になっていた話題作、斎東鉄腸著『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、ルーマニア語の小説家になった話』通称「千葉ルー」(左右社)をようやく読んだのだが、予想を上回る興奮と感動にとらえられた。言語と文学をこんな… https://t.co/CbvWvyPHWa ReplyRetweetFavorite
    • 私の誕生日までは待てないですよ笑 7月下旬に出ます。カレンダーは誰か作ってくれる人がいたらいいですね…。 https://t.co/1j0Y7psJYv ReplyRetweetFavorite
    • 『イラク水滸伝』の写真と図版の最終セレクト打ち合わせ、2時間ほどで終わる予定が、なんと10時間もかかってしまった!でもこれで相当いいものになったはず。 ReplyRetweetFavorite
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