*

美しき日韓問題

公開日: : 最終更新日:2013/01/21 高野秀行の【非】日常模様


講談社ノンフィクション賞を受賞した安田浩一『ネットと愛国』(講談社)を読んだ。
丁寧に取材した良質のルポだが、
取材対象となっているネット右翼の「在日特権を許さない市民の会(在特会)」があまりにも予想どおりで、
著者の安田さんには何の責任もないのだが、意外性がまったくなかった。

しかも、在特会の人々にはどこにも感情移入できないし、通りすがりの中国人旅行者や店で働く韓国人の女の子に罵声を浴びせるという
単なる弱い物イジメにはほとほと嫌気がさした。
ある意味で、この単純さや底の浅さが怖いところなのかもしれないが。

口直しに、積ん読になっていた別の日韓問題本を読んだ。

朴裕河(パク・ユハ)『和解のために 教科書・慰安婦・靖国・独島』(佐藤久訳、平凡社ライブラリー)

こちらは素晴らしかった。
なにしろ、日韓の間で最も重いテーマ4つを取り上げ、それを韓国人と日本人の両方に現在の状況と解決案を提示するという
とてつもないチャレンジを試みているのだ。
日本と韓国の双方で、これら4つの問題については異論が限りなく出ている。
朴さんの意見に強く反発する人もたくさんいるだろう。
上野千鶴子は解説で「火中の栗を拾う」と書いているが、火中の栗を拾って、自分は大やけどしながら、その栗を冷まして、
日本人と韓国人の双方に差し出している風情である。
そのチャレンジ精神にまず敬意を表したい。

しかし、本書のもっと優れた点は「美しい」ということだ。
日韓問題について書かれたものを読むと、常に誰かを罵倒している。
あるいは「どうしようもない人たち」について書かれており、『ネットと愛国』同様、後味がえらく悪い。

ところが本書は誰も罵倒していない。
理を尽くして、細心の注意を払い、説得に努めている。
その言葉の繊細さ、中立を保とうとする張り詰めた綱渡りのような緊張感とバランスが
「文学」としか言いようのない美しさと心地よさを生んでおり、
内容のヘビーさにかかわらず、ページをめくる手が止まらない。

口直しどころか、心が洗われた。
私の書棚では「殿堂入り」の本となった。

日韓問題や日中問題にうんざりしている人にこそお薦めしたい。

☆           ☆            ☆

『謎の独立国家ソマリランド』発売記念の出版記念パーティ、書店イベントなどが続々と決まっていく。
本ブログのスケジュールをご参照ください。
(詳しくはまたあらためてお知らせします。)

関西やその他の地域にも行きたいと思っていますが、ただいま検討中です。
もしイベントを希望する地方の書店の方があれば、本の雑誌社か私にご連絡ください。
前向きに検討しますので。

関連記事

no image

雲南のツヨカワ花嫁

カゼをひいていたが、雪が降り始めたのでついプールに行ってしまう。 案の定、泳いでいる人はほとんどいな

記事を読む

no image

ディズニーランド・デビュー

宮田珠己との「タカタマ対談」第3弾はなぜか東京ディズニーランドで。 以前「世界で行きたくない場所は

記事を読む

no image

タイの黄金のバーミヤン

バンコクから入り、西のラッブリー県というところに行った。 観光客はほぼゼロだが、なぜかバーミヤンみた

記事を読む

no image

顔写真なしでよかった

『西南シルクロードは密林に消える』(講談社文庫)の 全作業が終了した。 今回、講談社文庫に初めて入る

記事を読む

no image

ユーフラテスの旅の落とし穴

昨日やっとこワンに飛んだ。 延々とつづく茶色の香料として山岳地帯を見下ろし、 「こんなところで河下り

記事を読む

no image

オタクの底力を感じさせる『タイ・演歌の王国』

 タイ女性と結婚し、バンコクに十数年暮らしている友人Aさんが、「高野さん、この本、すごく面白いよ

記事を読む

no image

きっと名人

金曜日の晩に飲みすぎ、土曜日は夕方まで倒れていた。 気持ちわるいまま、なかのゼロホールに行き、柳家三

記事を読む

no image

高橋留美子に漫画化してもらいたい

相変わらず在日外国人取材の日が続いている。 忙しいのだが、移動や待ち時間も多いので、本は読める

記事を読む

no image

まんせーむーのうあんあん

「本の雑誌」で今度は、大槻ケンヂ氏と「マンセームーノー対談」。 オーケン博士の分析によれば、人は誰で

記事を読む

no image

カメの肛門問題

水泳仲間(というか先輩)で獣医師のKさんが ときどき私の本を読んで、専門家の立場から意見を言ってくれ

記事を読む

Comment

  1. 西嶋 より:

    先日、新宿区大久保で北朝鮮の日本人拉致問題のデモに遭遇しました。
    外交問題としてとても重要な問題ですが、あえて大久保でデモを行うという在日朝鮮人に対するデリカシーの無さに嫌悪感を覚えました。
    外交問題にかこつけて外国人差別を平気でおこなう人は決して愛国者ではないとおもいます。

西嶋 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年12月
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031  
PAGE TOP ↑