*

語学オタクが喜ぶ変な辞書

公開日: : 高野秀行の【非】日常模様


シャン語の辞書がほしくて、ヤンゴンに移住した私のITの師匠Gさんに訊いてみたら、
さっそく足とネットを駆使していろんな情報を集めてくれた。

現地の書店(古書店でもある)には、それこそ変な辞書がたくさんあるらしい。
例えば、写真(上)の辞書をみてほしい。

これは上から「日本(語)」「タイ(語)」「シャン(語)」「ダウェー(語)」と書かれている。
ダウェー語なんて初耳だが、辞書で調べたら、テナセリム管区の中心地タボイで話されている言葉で、
ビルマ語のタボイ方言ということだった。

この4つの言語には何も共通点がない。
というか、なぜミャンマー(ビルマ)にとって明らかな外国語である日本語とタイ語を並べて、
そこにタイ語の親戚語で国内の少数民族の言語であるシャン語と、
ビルマ語の方言を混ぜるのか。意味がまったくわからない。
肝心のビルマ語がないから、一般のビルマ民族やシャンやタボイの話者以外には使えない。

北京語と朝鮮語(韓国語)と琉球語と茨城弁を並べて東京で売るような不自然さに満ちている。

こっちの辞書(単語集)も面白い。
パラウン語、ビルマ語、コーカン・ダヨウ語の三言語対照単語集。

パラウンは主にシャン州からカレン州にかけての山岳地帯に住む少数民族で、
コーカン・ダヨウとはシャン州のコーカン地区に住むコーカン人を指すのだろう。

コーカン人はれっきとした中国人であり、漢字では「果敢」と書く。
中国語の雲南語に近いが少しちがうと言われている。

こっちの方はまだ地域的なつながりがある。
例えば、シャン州北部に行って商売をするヤンゴンの人間がいたら、
コーカン人やパラウン人と接する機会があるから彼らの言語を習ってみたいと思うかもしれない。
コーカン語にごく近い雲南語は地域の共通言語でもある。

とはいうものの、地域の共通語というなら、パラウン語じゃなくてシャン語だろう。
パラウン語なんて何の役に立つのだ。

……と、ここまで書いてきて気づいたのだが、
この二つの辞書(単語集)は結局のところ、たまたまそれらの言語ができる人(もしくは複数の人たち)がいたから
作られたのかもしれない。

上の辞書はたまたま日本語とタイ語とシャン語ができるタボイ出身の人が「俺の知識を世に残したい」と一念発起をして作ったのかもしれない。

下のほうは、シャン州の山深い村に生まれたパラウン人の神童が大学を卒業して民族学や歴史学の研究者になり、
ビルマ語とコーカン語を対照した単語帳を作ったのかもしれない。

どっちにしても共通しているのは、利用者がいるかどうかなんて考えてもいないことで、
私のような語学オタクは面白くてしかたがない。
まとめて購入をお願いした次第だ。

世界の珍しい辞書を集めるのは、私の新しい趣味になるかもしれない。

 

関連記事

no image

異文化の二日酔い

何でも面白かったり気持ちよかったりすると歯止めが効かなくなるのが 私の悪癖だ。 「ほどほど」でいられ

記事を読む

no image

タマキングの原点はここにあった!

週末、書店でのトーイベントのため大阪に行ってきたのだが、実に楽しかった。 なにしろ、朝は杉

記事を読む

no image

鼠にも刺青を彫る?!――『バタス 刑務所の掟』

藤野眞功『バタス 刑務所の掟』(講談社)を今頃読んだ。2010年に出たとき、本屋で立ち読みしたが、な

記事を読む

シャバはつらいよ

大野更紗のベストセラー『困ってるひと』から3年、とうとう待望の続編が15日発売になる。 そ

記事を読む

新連載開始?

今、すでに五誌(紙)で連載していてアップアップなのに 今度は「本の雑誌」で新連載を開始してしま

記事を読む

no image

山松ゆうきちがインドだ

旅行者業界を震撼させた山松ゆうきち『インドに馬鹿がやって来た』(日本文芸社)の、なんと続編が出版さ

記事を読む

no image

謎、とける

先日の泥酔野宿のとき、石原たきび編『酔って記憶をなくします』(新潮文庫)をくれた人がわかった。

記事を読む

no image

本当の日本の辺境紀行

 角田光代『八日目の蝉』(中公文庫)はひじょうに面白い小説だったが、正直言って不倫だとか愛人の子をさ

記事を読む

no image

うなドン

日曜日、和光大学で教えているロバート・リケットさんという人と下北沢で会う。 リケットさんは南三陸のフ

記事を読む

no image

野口英世は史上最強の日本人探検家!

高野秀行公式サイトへようこそ。  ここでは私の日常模様を書くことになってるのだが、私の日常は「飲む、

記事を読む

Comment

  1. hu より:

    シャン―英辞典、もしお持ちでなかったらお譲りします。
    送料をご負担いただけるのであれば、どこか出版社宛にお送りするのでも構いません。
    老舗のMyanmar Book Centerからネットで購入したものですが、見事に持ち腐れた宝になっています。他ならぬ高野先生に使っていただけるなら本も喜ぶでしょう。
    確か、声調表記つきの新しいつづり字によるものです。

    一時期この地域の言語をやろうと一念発起したのはいいのですが、全く続かず、家族も増えてしまったので本を減らしているところです。
    他に持っているのは、カチン―英、スゴー・カレン―英、ポー・カレン―英、カヤー(赤カレン)―英あたりだったと思います。民国期に編纂されたとおぼしき、ミャンマー語―中国語の辞書もあります。
    いずれも20世紀初頭~中期にかけての印影本で、現代的な語彙は掲載されていませんが、往時の学術レベルの高さをしのばせるものです。
    他にはアマゾンで購入した、英語で書かれたカヤー語やシャン語の教科書も持っています。シャン語のものは印影本ですが、声調を反映しないふるいシャン語の綴りによるだったと思います。

  2. 高野 秀行 より:

    >huさん、
    すごいですねえ、そんな立派なコレクション(?)をお持ちとは。

    だいたい、シャン語の新しい綴りとか古い綴りって何ですか?
    私が知っているのは声調を反映しているものなので、それは新しい方なのでしょうか。

    今、いろんな辞書をまとめてヤンゴンから送ってもらっているところなので、
    それを確認してからあらためてご連絡させていただきますね。

    ところで、huさん、何者です?

高野 秀行 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年4月
    « 3月    
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930  
PAGE TOP ↑