*

ミステリ・ノンフィクションの傑作『龍馬史』

公開日: : 高野秀行の【非】日常模様

2013.05.22ryoumashi
ちょっと前まで「学者」というのは圧倒的に年上の先生ばかりだった。
だが今は本のプロフィールを見ても、私より年下で面白い本を書いている人がたくさんいる。
え、俺より年下で?!なんて思うのだが、私自身今年で47歳のおっさんなので年下が増えるのも無理はない。

喜ばしいのは若手(私より年下ならやっぱり若手)の研究者には、柔軟な思考の人が多く、
読んで楽しく、専門分野の枠内に留まらない本を書く人が多くなっていること。

磯田道史『龍馬史』(文春文庫)などその典型で、最初から最後まで本格ミステリ仕立てで
しかし史実をじっくり教えてくれる興奮本だ。

正直私は龍馬暗殺の下手人が誰だったかそんなに興味はなかったのだが、
その犯人捜しをしていく過程で幕末事情が浮かび上がってくる様子がたまらない。

挙げていけばキリがないが、私が感心したのは例えば、

P.97 つまり幕末における開国とは何だったのかといえば、一言でまとめるなら「横浜からイギリスに向けて生糸を輸出すること」といってもいいくらいでした。

 世界に冠たる超大国イギリスが日本の生糸を安定的に輸入したいがために、朝廷を中心とした新システムへの移行に向けて積極的に関与したという指摘だ。

また、京都の人たちが長州には甘く、会津や薩摩には厳しかったという指摘。
蛤御門の変では長州が御所に向かって大砲を撃ち込んだりしたのに、薩摩や会津が火を付けて廻ったなどという噂が流れたという。
だから、龍馬暗殺でも薩摩黒幕説が流れる。

これは磯田先生によれば、薩摩や会津は京の人たちに「他者観」をもたれていたためだという。
他者観とはもっとわかりやすくいえば「異民族観」のようなもので、
要するに、長州人は京と似たような言葉や習俗なのに、薩摩人や会津人は言葉も服装も全然ちがう、まるで異民族のように見えたということだ。

なるほどね。
そう考えれば、同じ倒幕派といっても、薩摩と長州の立ち位置がまったくちがうのが実感としてよくわかる。
長州と薩摩が手を組むということは、「多数民族の非主流派」と「少数民族の大手」が結束するような、
ミャンマーでいえば、カチン族とビルマ族の反政府グループが手を組んで軍事政権打倒に向かうのと同じレベルだと考えられるかもしれない。
で、革命成立後に、もともと多数民族であるビルマ族主導の政権に、カチン族の兵士たちが叛旗を翻すというのも
よく理解できる。

カチン族の一部は自分たちが中央の軛から解放されたいがために戦ったのに、結局はビルマ族主導のままじゃないかと思うだろう。
とすれば、今現在のミャンマー状勢と重なってくる。
ビルマ族の民主化勢力は徳川家と合体し、「維新」に成功するが、カチン族はおきざりになり、
土地の支配権力であるカチン独立軍は現在は総攻撃をくらっている。
いま、西南戦争が起きているという見方だ。

まあ、ミャンマーには龍馬はなく、結局民主化勢力と少数民族が手を結ぶことはついになかったから、
途中で維新の道筋がちがってしまっているわけだが。

それと関係することだが、こんなことも書かれていた。

薩摩、長州、土佐など明治維新の原動力となった藩では「郷士」という農民とも武士ともつかない人たちが多かった。
戊辰戦争を戦った東北の藩も兵農分離にはほど遠い。
そして、西南戦争に参加したのもやはりそういう農民的な士族だというのだ。

「城下にいる兵農分離された武士は、おおむねおとなしく明治政府の方針にしたがいましたが、
兵農分離していない、自ら土地経営を行っていたような郷士たちは、激しく抵抗したのです。
それはやはり、革命によって、自分たちの特権や土地経営がなくなるのではないかという危機意識が
背景にあるのだと思います。」

これ、私が聞いてきた「四民平等となり、自分たちの存在意義を失った士族階級が不満を爆発させた」というような
西南戦争の説明とはあまりにもちがうじゃないか。
これについては、龍馬暗殺と直接関係がないため、詳細は書かれていないが、ものすごく気になる。
そういえば、カチン軍も兵農分離していないし、やっぱり重なってくるのかもしれない。

磯田先生のいいところは、イデオロギーではなく、衣食住や商売、土地、武器の入手先などといった現実面を地道に追及していくところ。
そこが優れたミステリ小説と同じで、とても読者を興奮させるのである。

関連記事

no image

電話で追及される

ルワンダ人の友人、カレラから電話がかかってきた。 以前、私が環境NGOを手伝っていたとき、ルワンダの

記事を読む

no image

Mじゃない

みんな勘違いするのだが、間寛平など日本人が毎年出場しているウルトラマラソンと私の出たマラソンは別物だ

記事を読む

no image

私の名は「ヒダヤットゥラー高野」

昨日のカロメに続き、連日のサプライズである。  数日前、在日外国人関係の取材で、在日パキスタン協会の

記事を読む

no image

戦国時代のインスタント味噌汁

料理雑誌「danchu」の取材で奈良在住の料理研究家の先生を訪ねる。 戦国時代からあるインスタント味

記事を読む

no image

いいちこ伝説

コピーライターをしている友人夫妻と焼肉を食う。 酒は「いいちこ」のお湯割り。 友人によれば、「いいち

記事を読む

no image

Bhutan ni tsuita

Ottoi Bhutan ni tsuita. Sono hi wa hareteite yokat

記事を読む

no image

次は雪男ブームだ!

 相変わらずブータンブームは続いている。  おかげさまで、「みらぶ〜」も3刷になり、朝日新聞の書評欄

記事を読む

no image

マイク・ノックがFMWを旗揚げ?!

お知らせが遅くなってしまったが、私の義兄マイク・ノックのニュー・アルバムがただいま日本でも発売され

記事を読む

no image

趣味は「辺境料理」に決定

先日「公募」もした私の「趣味」がやっと決まった。 「辺境料理」である。 私はチェンマ

記事を読む

no image

謎の猿人ナトゥー

作家の古処誠二さんが、「藤岡弘の最高傑作」と絶賛するミャンマーで猿人ナトゥーを追う DVDを本当に送

記事を読む

Comment

  1. 西嶋 より:

    『龍馬史』を週末、楽しく読みました。
    子供の頃から~
    手塚治虫『三っ目がとおる』や
    浦沢直樹・勝鹿北星『MASTERキートン』
    などなど歴史ミステリーマンガが好きで
    近年は、島津法樹『秘境アジア骨董仕入れ旅』
    講談社プラスアルファ文庫
    北森鴻
    『冬狐堂シリーズ』講談社文庫・文春文庫
    『蓮丈那智シリーズ』新潮社文庫
    等々の歴史ミステリーが大好きです❗
    『ソマリランド』でも次章では歴史の謎解きを予感させる結びをしてましたが、
    フィクション・ノンフィクションを問わず高野さんのオススメの歴史ミステリーがありましたら教えてください。

    • 高野 秀行 より:

      西森さんが挙げられた本はほぼ全て読んでます。
      (内容はかなり忘れてますが)

      私が好きな歴史ミステリは島田荘司『写楽 閉じた国の幻』(講談社)ですね。
      小説仕立てではありますが、本格的に写楽の謎を解明しようとしています。

      探検冒険ものなら、デイヴィッド・グラン『ロスト・シティZ』(NHK出版)が興奮しました。

      私はノンフィクションの歴史ミステリが読みたいですね。
      何かいいものがないかな。

  2. 西嶋 より:

    アンサーありがとうございます❗
    早速読ませていただきます。
    歴史ミステリーとはちょっとニュアンスが違い、漫画になってしまいますが・・・
    水木しげる
    『神秘家列伝』1~4巻
    『猫楠ー南方熊楠の生涯』
    角川ソフィア文庫
    は、既にお読みでしょうか❓
    歴史上の奇人・変人・怪人の生涯に触れてみたいかたには、是非読んでいただきたいです。

高野 秀行 にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • 「清水さんはエッセイも一級品」と書くつもりだったのに、「清水さんのエッセイは一級品」と書いてしまった。これでは他の仕事が一級品じゃないみたいだ。もちろん全部一級品ですよ、すみません! ReplyRetweetFavorite
    • 清水さんはエッセイは一級品。読みやすい文章に誘われて、中世の人の息づかいを感じることができる。「スマホを手繰る」という斬新な表現にも感嘆した。蕎麦か!? ReplyRetweetFavorite
    • 私と対談本を出している歴史家の清水克行さんが「小説新潮」(9月号)にて「アナーキー・イン・ジャパン」なる新連載を始めた。同誌では私も「謎の未確認納豆を追え」という連載を行っており今月号は「西アフリカのハイビスカス納豆」。二人とも「それ、どうよ?」というタイトルだ…。 ReplyRetweetFavorite
    • 私はニュースの素材になるような取材をしていないから、そういうことをやっている人を尊敬するという意味です。 ReplyRetweetFavorite
    • 「人が表現者として世に出るのに必要なのは才能と運と継続」もけだし名言。 ReplyRetweetFavorite
    • 本棚で別の本を探していたら、大槻ケンヂ著『いつか春の日のどこかの町へ』(角川文庫)が目に留まり思わず再読してしまった。しみじみと明るく切ない名作。オーケンさんは大人になれない大人の話を書かせたら天下一品だ。 ReplyRetweetFavorite
    • 電車の中で親しげに「おう!」と声をかけてきた人がいて、誰かと思ったら弟だった。生きてたんだな、弟。 ReplyRetweetFavorite
  • 2019年8月
    « 3月    
     1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031  
PAGE TOP ↑