尼僧が行く!
公開日:
:
最終更新日:2012/05/28
高野秀行の【非】日常模様
誰か人を別の人に紹介するのがとても好きである。
昔から、自分には彼女がいないのに、友人に女の子を紹介していたし、
それは今でも続けている。
面白いネタや文才をもつ知り合いを作家に仕立てようというのも
同じ種類の楽しみだ。
そこで自分が何か経済的利益をえたいのではなく、今役立ってないものを
役に立たせることが、パズルのようで、ひじょうに気持ちいいのである。
ところが、この趣味はひじょうに難しく、めったにうまくいかない。
私が紹介したり仲立ちをした人の中でめでたくカップルになったものはないし、
(そういう意図なく紹介したらカップルになってしまったことはある)
作家化計画もこのブログで何度も書いているが、これまたうまくいかない。
なのに、また新しい「知られざる超新星」を発見してしまった。
大学院生の女性Wさんだ。
さっそく旧知の編集者Sさんに紹介し、連載の準備をはじめてもらっている。
この作家化計画に同時進行で、Wさんに、平尾弘衆さんを紹介した。
日本で唯一の難民シェルターを運営している時宗の尼さんである。
Wさんは今なかなか困った状況にある。いっぽう、平尾さんは難民にかぎらず、
ホームレス、身寄りのないお年寄り、難病患者、重度身体障害者の人たちなど
ありとあらゆる「困っている人」を助けてきた。
いわば、困っている人をどうにかするプロなのだ。
もともと二人は何の関係もなく、私が「きっとこの二人を引き合わせたらおもしろいだろう」と思ってやってわけだが、案の定、平尾さんはWさんの相談にてきぱきとのってくれた。
しかも、「困ったらなんでも私に言ってください。私の辞書には不可能という言葉はありません」という。
あなたはナポレオン?!と笑ってしまったのだが、
そのときいただいた平尾さんの自伝『尼僧が行く!』(新泉社)を読んだら、
ほんとに不可能を可能にするような、というかむちゃくちゃな人生を歩んできた人だった。
子供のときから一遍上人の大ファンで、時宗の尼さんになりたかっというだけあって
平尾さんはもともと変人だが、ユーモアのセンスも一流で、
最高に面白い本である。
中でも、うっかりアフガンのパオ(遊牧民のテント)を買ってしまい、
無理やり岡山県にそれを立てて、
「庵がありますよ」と百歳近い老師を呼んで一緒に暮らしていたというくだりには大笑いしてしまった。
パオは上が開いていて星空が見え、夏は涼しく、冬は暖かいが、
湿気がひどかったという。
葬式で落語を演じたとか、尼さんの学校で反乱を起したとか、天才にして超天然ボケの師匠の話とか
笑える話やびっくり話がてんこもりだが、
中世から江戸にかけてのアナーキー集団「時宗」についての話は、
知的好奇心をくすぐる。
時宗の僧は寺をもたず、「陣僧」として戦場におもむき、敵味方関係なく
手当てをしたり、葬ったりしていたという。
だから、どこにでも出没し、忍びの元祖的存在であったとか、
医学の知識をもちあわせており、実は西欧よりも早く解剖学を心得ていたかもしれないとか(実際、杉田玄白は処刑場で時宗の僧(高野聖)に腑分けを習っていたと
『蘭学事始』にあるそうだ)
クグツ師(傀儡師)やサンカ、非人、芸人といった江戸時代の被差別民と行動をともにしていたとか、
ひじょうに非権力的で、ジョーカー的な存在だったようだ。
そして、今でもそれを実行しているのが平尾さんというわけだ。
いろんな意味でひじょうに面白い本だが、これは彼女がまだ三十代までしか書いていない。それからさらに今に至るまで20年もある。
時間をかけて、少しずつ話を聞いていきたいものである。
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うーん。納得しました。蘭学事始で「弱い90歳なる健やかな聖」が出てきて腑分けをするんですが、本には非人であると書いてあり、なんで非人を聖と呼ぶのか疑問に思っていたんですが、高野聖でしたか。で、その人に蘭書の解剖図を見せると「これはいつも見ている通りの人体だ」と言われたので翻訳を決意したとかいう。
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時宗の僧の話、面白かったです。
司馬遼太郎も書いているように、医師は社会階層から外れた存在だし、それだけ自由なんですよね。
どれだけ偉くなってもンコや汚いものを見たり触ったりするのが仕事だし、偉い患者でも普段はみせない裸や内面をさらけ出す訳ですから。
自由でありたい、また自由でないと仕事にならないと思い、束縛と格闘しています。
平尾さんを自分に重ね合わせて読んでしまいました。