*

鴎外、ダメじゃん!

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


ひきつづき、吉村昭。
今度は慈恵会病院の創始者で海軍医総監にもなった医師・高木兼寛の一生を描いた
『白い航跡』(講談社文庫)
この本で何が驚くって、森林太郎(鴎外)が明治日本にもたらした大災厄である。
当時猛威をふるっていた脚気について、高木は「白米の過剰摂取」と判断、
海軍ではパンと肉食にしたところ脚気死亡者はゼロになった。
ところが陸軍ではドイツ帰りのエリート医務官・鴎外が、
「脚気は細菌によるもの。栄養問題ではない。米食は栄養学的にも最高」と強行に反論、
それをうけて、陸軍では米を食い続けた。
その結果、日清戦争では陸軍の戦死者997人、戦傷死者293人に対し、
脚気で死亡した者は3944人。
実に3倍以上。
もっとひどいのは日露戦争で
陸軍の戦死者4万7000人に対し、脚気患者はなんと21万1600人、脚気による死亡者も2万7800人だったという。
大激戦だった日露戦争の陸軍戦死者の半分と同じ数の兵士が脚気で死んでいる。
完全な無駄死にだ。
しかも戦地の脚気患者20万以上とは
日露戦争時の陸軍は信じられないほどの戦力ダウンを強いられたことになる。
つまり、そのために戦死することになった兵士がたくさんいたということだ。
鴎外は結果的にいったい何万人の兵士を死なせたのだろうか。
もちろん鴎外だけの責任ではないが、本書を読むかぎり「A級戦犯」はまちがいない。
鴎外は最後まで脚気が栄養問題であるということを認めず、世を去った。
自分が正しいと信じるあまり、ほとんど非科学的な態度をつらぬいた。
本書をよむかぎり、そう見える。
鴎外の死の直後、ビタミンが発見され、脚気が細菌によるものではないということが
定説となったという。
私だって、鴎外の「阿部一族」とか好きだったが、
もう今後は前と同じ気持ちで彼の作品は読むことができない…。

関連記事

no image

山松ゆうきちがインドだ

旅行者業界を震撼させた山松ゆうきち『インドに馬鹿がやって来た』(日本文芸社)の、なんと続編が出版さ

記事を読む

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極めて独特な倫理観や世界観をお話

記事を読む

no image

念願かなってモガディショ

今から十数年前だから、1990年代半ばか後半くらいだろうか。 ヨーロッパか中東かアフリカか忘れたが、

記事を読む

no image

スーダン南部、独立へ

スーダン南部の独立をめぐる住民投票がはじまった。 報道では独立派の圧勝と予測されている。 一体どうな

記事を読む

no image

「イエティは現実だ」

長らく待っていたブータン行きがやっと決定した。 来週の14日(水)に出発となった。 期間は約一ヵ月半

記事を読む

no image

枡野浩一の読書道

web本の雑誌で月刊連載されている「作家の読書道」に歌人の枡野浩一が登場。 http://www.w

記事を読む

no image

イランは中東の京都

3ヶ月前に予約していた柳家三三の独演会があることに気づいた。 本来はこれに行くはずだったが、ソマリラ

記事を読む

no image

手がもぞもぞ

ジュンク堂新宿店で上映会+サイン会。 ここで本を見たり買ったりする以外に自分が何かするというのは な

記事を読む

no image

無性に

http://www.webdoku.jp/suttoko/ 宮田珠己の「スットコランド日記」は、後

記事を読む

no image

ニムラの時代到来&ツバルは沈まない

本日(9月21日)朝日新聞の朝刊11面にて、「明日来る」のトップバッターにして 私をブータンに送り込

記事を読む

Comment

  1. KOW より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; GTB6.5; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.0.4506.2152; .NET CLR 3.5.30729)
    http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20100603
    脚気関連だと、この方のブログのエントリーと関連記事が
    面白いというか、いい内容です。

  2. 高野秀行 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; en-US) AppleWebKit/533.4 (KHTML, like Gecko) Chrome/5.0.375.99 Safari/533.4
    なるほど。そういう見方もあるんですね。
    ていうか、よくこんなブログを探してきますね〜。
    でもやっぱり海軍が洋食で脚気ゼロにしているのに
    その事実を「偶然」で片付けるのはどうかしてます。
    こういう学者的な隘路に入ってしまったから
    現実が見えなくなったのだなとこのブログを読んでよくわかりました。
    ありがとうございます!

  3. Y.M. より:

    高野さんへ
    白い航跡を読もうとした切っ掛けは何だったのでしょうか?私も昔、読んで感動しました。そして鴎外が嫌いになりました。鴎外の小説は好きだっただけに、かなり残念でした。今でも、時々読み返しますし、読書が好きな方には、紹介しています。NHKの大河ドラマで高木兼寛を取り上げれば良いのにと思っています。
    ソマリランド、とても面白かったです。でも気をつけてください。

高野秀行 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年7月
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031  
PAGE TOP ↑