*

個人的2011年ミステリ・ベストワンはこれだ!

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


最近の海外ミステリはとにもかくにも猟奇連続殺人事件が多い。
「サイコパスもの」とでもいうのか。
私なんかそれほど海外ミステリを読まないが、ときどき気が向いて手にとって読むとみんなそれだ。
たぶん、現実の事件が凄すぎて、過剰すぎるぐらいの設定にしないと読者の興味を惹けないのなだろう。また他の小説が過激なら、同じかもっと過激にしないと、太刀打ちできないとそれぞれの作者が思い、スパイラルのように、過激なものが続くという事情もあるのだろう。
猟奇連続殺人をやらずに同じくらい刺激的な設定を作る一つの方法は
現実として過激な場所を舞台にすること。
例えば今年、国内ミステリベストを総なめにした高野秀明『ジェノサイド』。
アフリカ・コンゴでは猟奇殺人もかすむほどの悲惨な状況が続いている。
それをエンタメにするのはどうかという声もあるだろうが、無視したり、気づいてないよりはマシである。
そして物語には緊迫感がみなぎる。
もう一つの手は、空間的でなく時間軸で過激な舞台を探すこと。
その好例がデイヴィッド・ベニオフ『卵をめぐる祖父の戦争』(ハヤカワ文庫)だ。
第二次大戦時、ナチス・ドイツ軍に包囲されたロシアのレニングラード(現サンクトペテルブルグ)では、住民が極度の飢えと寒さに見舞われている。
なにしろ、ペットはもう飼い主が食い尽くし、本もない。
なぜ本がないかというと、分解して、糊をはがし、それを煮立てて食べ物にするのだ。
その名も「図書館キャンディー」。
本を裁断してデータに取り込むことを「自炊」と言うらしいが、
ほんとうに自炊なのである。
いや、それを売っているひともいるから、もはや何と呼べばいいのか。
そんな極限状態で「五日以内に卵10個見つけなかったら死ぬ」という命令を受けた主人公の少年と下ネタ狂いのイケメン兵士コーリャが絶望的な冒険にチャレンジするという話だ。
決して奇をてらってないのに、他のミステリや冒険小説とは全く似ていない。
私は今年そんなにミステリを読んでないけど、これがベスト1というのはわりと自信をもって言える。
ちなみに、あとで知ったのだが、本書の著者はスパイク・リー監督、エドワード・ノートン主演の映画「25時」の原作を書いたひとだった。
「25時」はだいぶ前にDVDかビデオで見たが、ひじょうによかった。
あれも他に似たものがない、オリジナリティあふれるストーリーだった。
ともかく『卵をめぐる〜』はいい。
こんなに悲惨で絶望的なのにユーモアに満ちている。
「事態を悪化させる天才」である下ネタ王子のコーリャのおかげだろう。
彼の台詞だけもう一度読み返したいほどである。
ミステリや冒険小説とも無縁な人にも読んでもらいたい逸品だ。
他にこういう作品はないものか。

関連記事

no image

漫画探偵、登場!

浦沢直樹の担当編集者やプロデューサーを務め、 リチャード・ウーなる筆名で異色在日外国人漫画「ディア

記事を読む

no image

新年早々の願い事

今年最初の読書は意外にも(?)村上春樹『めくらやなぎと眠る女』(新潮社)。 装丁があまりに素晴らし

記事を読む

no image

溝畑宏とイビツァ・オシム

木村元彦作品読書週間が続いている。 次に読んだのは『溝畑宏の天国と地獄 大分トリニータの15年』(

記事を読む

no image

びっくり!

 昨年11月に何度か上映会を行ったが、そのときこのブログを通じて、 私に直接「上映会を見たい」とメー

記事を読む

no image

写真家・後藤修身の撮ったパキスタン北部辺境

先日、パキスタン北部のフンザ周辺の話を書いたら、反響が大きくてちょっと驚いた。 コメントの他にもメ

記事を読む

no image

どこまで行くのか、韓国

またしても竹島問題で関係が急速に悪化している日本と韓国だが、 私の本はゴンゴン出版されつづけている。

記事を読む

no image

ノビシロマン

水泳に行くと、仲間というか先輩の方々から「高野さんはいいね、ノビシロがいっぱいあるね」と言われる。

記事を読む

no image

ベトナムの猿人

紆余曲折の結果、ミャンマー行きは取り止めになった。 最近、ほんとについていない。 その代わり同じ時期

記事を読む

no image

あのUMAサイトが本に!

私がウモッカを知った伝説のウェブサイト「謎の未確認生物UMA」がムックとして登場。 管理人「さくだい

記事を読む

no image

間違えてしまった…

「ミャンマーの柳生一族」が予想以上に好評だ。 あんなトンチキな本、誰が読むんだろうと他人事のように思

記事を読む

Comment

  1. 山中温泉 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.0; Trident/5.0)
    豊崎由美さんの書評で推薦された皆川博子「開かせていただき光栄です」
    これは私の今年のベストです。
    18世紀ロンドンで死体を解剖する外科医師とその弟子たちのミステリー

  2. negi より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)
    高野さん確かポケミス苦手だったような?
    私もこの本大好きです!
    「うんち見てくれよ」のシーンは泣き笑いしました

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年8月
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
PAGE TOP ↑