*

熊いじめと阿片チンキ

公開日: : 最終更新日:2013/05/21 高野秀行の【非】日常模様

前々から英語圏に興味がなかったのだが、最近ははっきりと拒否反応を示すようになってきた。
おかげで客観的にも自分の好みとしてもかなり面白い本を読めなくなったきている。
例えば、今年はA.J.ジェイコブズ「驚異の百科事典男」(文春文庫)という、
エンタメノンフィクションを途中まで読んだ。
賢い人間になるためにブリタニカ百科事典を最初から最後まで完読しようというアホな試みを実行するニューヨーカーの話だ。
ベースにあるのはユーモアだし、「古代マヤでは斜視が美人の条件だった」とか雑学もけっこう面白いのだけど、いかんせんイギリスやアメリカの話題が多い。
アメリカの第何代の大統領がどうだとか、イギリスの昔の国王がなんだとか、
それで萎えてしまう。
この本で唯一「おおっ!」と注目したのは、「16世紀イギリスでは熊いじめという娯楽があった」という部分。「熊を杭につなぎ、訓練した犬をけしかけて戦わせる」という。
実は私は3,4年前、パキスタンのイスラマバードに行ったとき、
知り合った学生の家で裏DVDみたいなものを見せられた。
それがまさに「熊いじめ」だった。
(詳しくは「イスラム飲酒紀行」に書いた)
そのときは「何だ、このわけのわからん見世物は。パキスタン人の考えることはわからん」と思っただけだったが、まさか16世紀イギリス人の考えたこととは思わなかった。
さて、本日は本年の話題作、皆川博子「開かせていただき光栄です」(早川書房)を読んでいた。
さり気ないユーモアを含んだミステリで、私がいちばん好きなタイプの一つのはずだが、
またしても英語圏の壁。
18世紀ロンドンが舞台なのだが、まず名前が頭に入らない。
エドワードとかバートンとかダニエルとかアルバートとか似たような名前ばっかり。
これならアブー・バクルとかアチャラポーンとかキンバンゴとかホセ=アウレリャーノ・ブエンディーアのほうがずっと憶えやすい。
というか、これはやっぱり英語圏への拒否反応なのだろう。
本格ミステリなので、筋や会話も込み入っていて、集中できないと辛い。
そんなとき、ハッと目が覚めたのは、「(闘鶏は)18世紀の現在も、熊いじめ、牛いじめ、鼠殺しと並ぶ、ロンドン市民が愛好してやまない娯楽の一つとなっている」という一節。
またしても熊いじめである。
本書ではさらに詳しく、「エリザベス女王が最も好んだ娯楽の一つが熊いじめ」だと言い、
「愛人レスター伯は壮麗な居館に女王を招いた際、熊いじめでもてなした」と書いている。
英国人じゃなくて本当によかったとホッと胸をなで下ろしたものである。
イギリスは動物愛護の先進国だが、さんざん動物をいじめ尽くした挙げ句、
そろそろ大事にしなきゃと思うようになったのだろうか。
ちなみに、本書でもう一つ気になるのは「阿片チンキ」。
よくわからないが阿片をワインかブランデーに浸したものらしい。
どの程度効いたのだろうか。
本書を読んでもイギリスにはこれっぽっちも関心がもてないが、
阿片チンキだけは試してみたい。

関連記事

no image

妻が小学館ノンフィクション大賞受賞!

思いがけない事態が起きた。 私と同じくフリーのライターである妻・片野ゆかが今年度の小学館ノンフィクシ

記事を読む

no image

鬼のミイラと地震予知動物

「未確認思考物隊」の仕事は続く。 先週は大分県宇佐市にある「鬼のミイラ」(写真・右)と 「地震予知動

記事を読む

no image

「メモリークエスト」第2部開始!

前代未聞の珍企画「メモリークエスト」がいよいよ第2部に突入した。 一年間で集まった26の依頼のうち、

記事を読む

仕事を減らして納豆探究?

慢性的な多忙状態が続いていて、すっかりごぶさたしてしまった。 なにしろ2年ぶりに出た自分の新刊

記事を読む

『バウルを探して』が新田次郎文学賞を受賞!!

川内有緒『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)が 第33回新田次郎文学賞を受

記事を読む

no image

ナカキョーの文庫解説に感激

西芳照『サムライブルーの料理人』(白水社)を読む。 サッカー日本代表専属でワールドカップにも2回帯

記事を読む

no image

念願かなってモガディショ

今から十数年前だから、1990年代半ばか後半くらいだろうか。 ヨーロッパか中東かアフリカか忘れたが、

記事を読む

no image

伝説の野人

4日に放映されたテレビチャンピオン「無人島王決戦」という番組にに、 早大探検部OBの二名(ふたな)良

記事を読む

no image

深谷陽というアジア風天才漫画家

日本にいる時間が残り少なくなってきたので、 駆け足で紹介。 先日行われたmixiのイベントに、純粋

記事を読む

すごく太っている人は働き者なのか?

タイでは比較的やせた人が多いが、ときおり、男性でも女性でもすごく太った人を見かける。 身長160セ

記事を読む

Comment

  1. はじめまして より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; GTB7.2; .NET CLR 1.1.4322; InfoPath.1; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.0.4506.2152; .NET CLR 3.5.30729)
    http://www.tanteifile.com/diary/2011/12/29_01/index.html
    阿片チンキ配合咳止め薬、タイのコンビにで普通に売ってるそうです。

  2. 高野秀行 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7
    すんばらしい!
    早くタイに行かねば。

  3. ロッコーマン より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.0; Trident/5.0)
    これ読んだよ
    トロツキー 斧をもった殺人鬼に暗殺って書いてあったので
    そんな「ひぐらし…」みたいな話だっけ って調べてみたら
    ピッケルで殺されたようで いや ピッケルもどうかと思うけど
    たぶん ice axeを 斧の種類だと思ったんだろう
    太平天国の乱では ブリタニカにいろいろツッコんでましたが
    中国人は盛る という前提が抜けてるので
    アメリカ人はいろいろ かわいそうな気がする

  4. DORIANMASATO より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0)
    日本への持込はできません。空港で確実に没収されます。拒否すると麻薬何とか法で現行犯逮捕されるらしいです。手荷物、ポケットの内でも有能優秀な犬が居る空港では尻尾振って喜んで寄って来ます。で、身体、荷物の厳重な検査です。タイ在住ですが、これよりお酒のほうが気持ち好いです。

DORIANMASATO へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年4月
    « 3月    
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930  
PAGE TOP ↑