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「売れる」ことに対する懐疑心

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

昨日のブログを見た集英社の担当Eさんに、「そんな自虐的なブログを書かないで!」と言われてしまった。
別に自虐的ではなく、ただ事実を書いたつもりだ。
でもたしかに今から読み返すと、昨日のブログには重版を素直に喜んでいないような、
あるいは喜びを隠そうとしているような、不自然さが感じられるのも事実。
やっぱり去年の「ブランチ・ショック」の影響だろう。
去年の3月、「世にも奇妙なマラソン大会」(本の雑誌社)が「王様のブランチ」の特集で取り上げられることとなり、編集・営業の杉江さんと大喜びした。
しかも、優香さんがコメントをくれることになっていた。
「優香が一言『泣いた!』って言えば、10万部って言われてますよ」と杉江さんは興奮していたものだ。
私の本を読んで、誰も泣くわけがないのに、私までが「え、10万? やった!」と一緒に興奮していたものだ。
うちに番組のスタッフが来て撮影し、3月12日の放映日を待つばかりだった。
「あとは天変地異でも起きないかぎり大ブレイクはまちがいないだろう」と思っていたら、
オンエア前日にその天変地異が起きたのだった。
もちろん、12日はブランチは中止、震災ニュース一辺倒であった。
そして、翌週の19日に放映されたのだが、番組開始から司会者もゲストも画面から緊張が伝わってくるほど顔がこわばっていた。
もう「笑ってはいけない」という感じなのだ。当然といえば当然である。
そこで「笑えるエンタメ・ノンフィクション」を紹介しようったって、そりゃ無理だ。
出演者全員が顔を引きつらせたまま、マラソン本の命運は尽きた。
唯一の救いは、本の雑誌社で3千部しか増刷しなかったことだ。
杉江さんは「1万部行こうか…」と悩み、私は「3万くらい刷ろうよ」とけしかけていたのだが、事務のHさんに押しとどめられたという。
もしあのとき1万か2万刷っていたら、本の雑誌社も震災の犠牲者に数えられていたことだろう。Hさんは沈む船からいち早く逃げるネズミ並みの直感の持ち主だ。
それはともかく、20年以上本を書いてきて、やっとブレイクが来るかと思ったら、その前日に大地震はないだろう。
もし小説でそんな話を書いたら、編集者や読者に「いい加減にしろ!」と言われてしまう。
こうして、私はもう「売れる」ことに対して決定的に懐疑的になってしまい、
素直に対応できないのだ。
私の懐疑心をほどくには、あと5回か6回は重版が必要なのではないかと思っている。

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Comment

  1. KOJI より:

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    初めて投稿させていただきます。高野さんの大ファンです。高野さんがあんまり情けないことを書いているから、涙が出てきました。本が売れようが売れまいが、私は高野さんが大好きですよ!!明後日の「旅の本屋のまど」でのトークショーで、高野さんのお話を聞けるのを楽しみにしています。

  2. コシチェイ より:

    AGENT: DoCoMo/2.0 N05A(c100;TB;W24H16)
    最後の一言がサイコー。やっぱ喜んでるんじゃん!まぁ、流行りに乗って名前を知ってもらうのもいいじゃないでしょうか。

  3. ザック より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 5.1; rv:11.0) Gecko/20100101 Firefox/11.0
    売れたらファンは高野さんと距離を置くかもしれません。
    自分だけの高野から、みんなの高野になりますから。
    売れそうで、売れない状態もいいと思います。

  4. hu より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; Trident/5.0; BOIE9;JAJPMSE)
    うーん、売れてつまらなくなったら確実にそうなるでしょうけど、高野先生に限ってそんなことは。
    今もすでに講演会やサイン会は毎回満席で、コアなファンの間ではすでに争奪戦になってますからねぇ。ファンクラブができるといいですね。

  5. マグ より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.0.3705)
    確かに、ブランチが中止になり、翌日のミャンマー映像祭も中止。
    2日続けて“高野秀行”を満喫できると信じて疑わなかったものを。
    ミャンマー辺境映像祭は前週に場所の確認までして、吉田敏浩さんへの質問まで考えていたのに。

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