*

凄すぎる、長すぎる、印流小説

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


 ヴィカース・スワループの『6人の容疑者』(武田ランダムハウスジャパン)をやっと読み終えた。ミステリなのに、読んでも読んでも終わらない本だった。
 話自体はおもしろい。前作『ぼくと1ルピーの神様』(ランダムハウス講談社文庫・絶版)(映画「スラムドッグ$ミリオネア」の原作)と同様、インドの多様な(主に負の)側面がいろいろな場面を通して描かれる。
 大富豪、政治家、泥棒、ギャング、身障者、少数民族、ヒジュラー(ペニスを切り取った男。中性とされる)インドを訪れるアメリカ人など、誰を登場させても、どんな話でも書けてしまうこの人は天才であることまちがいない。ただ、なまじ書けてしまうから、詰め込みすぎなのである。
 しっかし、インドというのはあらためてすごい国だ。
 本書は、ウッタル・プラデシュ州の内務大臣の息子がパーティのまっただ中で殺されるというミステリ。
 この息子がとんでもないやつ。なにしろ、夜中のバーで閉店を理由に酒を出すことを断った女性バーテンダーに腹を立て、公衆の面前でいきなり銃を取り出し、撃ち殺してしまった。
 当然逮捕されて裁判になったが、内務大臣の父親があらゆる方向に手を回し、目撃者を脅したりカネを積んだりして、証言を翻させ、無罪をかちとってしまう。
 そして、その無罪記念パーティの席上で何者かに殺害されたという筋書きだ。
 いくら小説といえどもデフォルメがすぎると思ったのだが、あとがきを読んでびっくり。
 この事件は現実の殺人事件がモデルになっているというのだ。
  
 知り合いのパーティで接客係をしていたモデルに、酒を出すのを断られた議員の息子が逆上し、その場で射殺してしまった。しかもいったんは裁判で無罪になった。そのあと、市民による猛抗議により、どうやってかは書かれてないが、あらためて終身刑の判決を受けたのだという。
 呆れるしかない。インド人としていきるのは大変だと思うが、インドの小説は日本の小説よりはるかに広々とした世界が許されている。だって、何が起きても不思議はないんだから。
 今後、映画だけでなく、小説も「印流」が盛んになっていく可能性大だ。
 それにしても惜しい。訳もすごくいいし、各場面の描写も生き生きしているが、いかんせん長すぎる。上下巻を定価で買うと税別で3600円もするし。
 著者のスワループさんは外交官で、今は大阪のインド領事館に勤務しているというので、本気で訴えたい。
 「次回はぜひ、この半分の長さでお願いします!」
 

関連記事

no image

「イスラム飲酒紀行」気持ちは早くも第2弾

今月25日に発売予定の新刊『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)の予約受付がアマゾンで始まった。 なぜかわ

記事を読む

no image

無性に

http://www.webdoku.jp/suttoko/ 宮田珠己の「スットコランド日記」は、後

記事を読む

no image

舟を編む

何とは言わないが、ひどい小説を読んでしまい、 「とにかく上質な作品で口直ししたい!」と本屋の棚を彷

記事を読む

no image

今、日本で最も儲かっているかもしれない輸出業者はこう言った

昨日のブログで書いた調布の中古車輸出会社だが、ほんとうに儲かっている。 半年ほど前、初めて社長に会っ

記事を読む

no image

なぜ小説を書かないのか?

早大探検部OB会<特別ホラー篇>みたいな催しがあり、 「もっと若手がほしい」とのことで40歳の私も召

記事を読む

no image

失われた聖書男を求めて

A.J.ジェイコブズの『聖書男 現代NYで-「聖書の教え」を忠実に守ってみた1年間日記』(阪急コミュ

記事を読む

no image

イランの料理をみくびっていた

日曜日、「おとなの週末」で連載開始する「移民の宴」の第2回取材で、 イラン人のベリーダンサー、ミーナ

記事を読む

no image

趣味は「辺境料理」に決定

先日「公募」もした私の「趣味」がやっと決まった。 「辺境料理」である。 私はチェンマ

記事を読む

no image

夢のエンタメノンフフェア

丸善川崎ラゾーナ店という書店で「エンタメノンフフェア」をやっており、 しかもそこの書店員オリジナルの

記事を読む

no image

帰国しました

予定通り、本日インドシナ旅行より帰国しました。ヴェトナム、カンボジア、ラオスの旧仏領三国をメコン沿い

記事を読む

Comment

  1. 惑星 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64; rv:12.0) Gecko/20100101 Firefox/12.0
    外交官でこんな小説を書いているのですか……。多才な人ですね。

惑星 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年10月
     12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
PAGE TOP ↑