*

なかなか出発できない件について

公開日: : 高野秀行の【非】日常模様

悪戦苦闘の挙げ句、『移民の宴』は無事校了。予定通り11月15日に発売される。

旅の準備も今ようやく終わった。あと2時間で家を出なければならないので、
もう寝ないほうがいい…と思ったら猛烈に眠くなってきたので、無理してこのブログを書いている次第。

今回はロンドンに行くのでどうにも緊張してしまう。
私は先進国に行くことがめったにない。さらに「英語圏」は20年以上前、南米のコロンビアに行ったとき、
ロスアンゼルスにトランジットで寄ったのが唯一の記録。
それ以外は、イギリスもオーストラリアもカナダもニュージーランドもアイルランドも他のアメリカも全く未体験。

地元の人がみんな英語を話しているということだけで想像を絶しているし、地図で見ると世界の果てみたいだし、
こんなところへ行って大丈夫なのか?と思ってしまう。
ホテルの値段はおそろしく高く、もはや人外魔境のようだ。

なんとか頑張ってヨーロッパをやり過ごし、早くソマリランド&ソマリアに行ってホッとしたい。
今はその気持ちでいっぱいだ。

そうそう、最近はあまり本を読めないが、この本はよかった。

マブルーク・ラシュディの『郊外少年マリク』(集英社)

忙しいとき、疲れているときにも読め、さくさくと読み進められるくせに、ひじょうに密度が濃い。

著者はアルジェリア系移民2世フランス人、つまりサッカーのジダンと似通った出自である。
自分の経験をもとに、パリ郊外のスラム化した移民居住区に育つ少年の姿をユーモアと切なさを織り交ぜて描いているのだが、
これが本当にリアル。小説の価値をあらためて考えさせられる。

ちなみに、本書の原題は『ル・プチ・マリク(マリク少年)』。
フランスの国民的な少年小説である(私は勝手に「フランスのクレヨンしんちゃん」と思っている)『ル・プチ・ニコラ(ニコラ少年)』をもじっているのだが、
日本人にわかりやすいように『郊外少年マリク』とした、と訳者あとがきにある。

なるほどという感じだが、私はサンテグジュペリの『ル・プチ・プランス(小さい少年)』=『星の王子様』をむしろ思い出した。
サンテグジュペリは他のフランス文学よりも人間の普遍的な価値や生きる意味を問いかけ、私も好きなのだけど、『人間の土地』をあらためて読むと、
ゴリゴリの植民地主義者であり、アラブ人やベルベル人を自分と同じ人間のように扱っていない。

サンテグジュペリは命がけで繰り返しフランスからサハラ砂漠と地中海を越えて北アフリカや西アフリカに飛んだ。
そこをフランスの植民地にして開発するという大義を信じ切っていた人だった。
その大いなる結果として、現在莫大な数のアフリカ系移民がフランスに押し寄せ、治安を悪化させたり、新しいフランスの文化を創ったりしているわけだ。

「マリク少年」のマリクとはイスラム圏やインド圏に多い名前で、もとの意味はアラビア語で「王」。
『星の王子様』と訳した仏文研究者の内藤濯に従えば、
「星の王様」あるいは「星の王子様」というタイトルになる。
故郷を遠く離れてパリ郊外という異郷にして砂漠に降り立ったという意味をこめているのかもしれない。

……と、気づけば、いつの間にかまるでフランス文学者みたいに偉そうに「評論」してしまっていた。
夜中に書くラブレターみたいだ。早く出発したい。ああ。

関連記事

no image

ある阿呆の血

10日ほど前だが、このブログを通して、読者からのメールが来たのはいいが、 「あなたは私を知っている。

記事を読む

no image

乱世をテキトーに生き抜く奥義!!

土曜日、ドンガラさん原作の映画「ジョニー・マッド・ドッグ」の試写会に内澤旬子さんと一緒に行こうとした

記事を読む

no image

このくだらない本がすごい!

正月早々、高橋秀実『はい、泳げません』(新潮社、現在は文庫も出ている)を再読。 超カナヅチの秀実さ

記事を読む

no image

どこまで行くのか、韓国

またしても竹島問題で関係が急速に悪化している日本と韓国だが、 私の本はゴンゴン出版されつづけている。

記事を読む

no image

まだやる気なのか?

集英社に行き、ムベンベ映画化を目論む映画監督アベ・ユーイチ氏とプロデューサーでネルケピクチャーズ役員

記事を読む

no image

アスクル予約開始

いつの間にか、『放っておいても明日は来る』(本の雑誌社、通称「アスクル」)が アマゾンで予約がはじ

記事を読む

野宿と携帯復旧

帰国後に拝受した本、第四弾(だっけ?) タイトルだけで笑える、かとうちあき『あたらしい野宿(上

記事を読む

no image

『メモリークエスト』見本とどく

初めてのことだが、2日連続で新刊の見本がとどく。 今度はお待ちかね、『メモリークエスト』。 カバー

記事を読む

no image

舟を編む

何とは言わないが、ひどい小説を読んでしまい、 「とにかく上質な作品で口直ししたい!」と本屋の棚を彷

記事を読む

シワユメは絶版ではなかった

また、とんでもない間違いをしてしまった。 去年の暮れあたり、『世界のシワに夢を見ろ!』(小

記事を読む

Comment

  1. 中島さおり より:

    読んでくださったばかりか、ブログでまで取り上げてくださり、ほんとうにありがとうございます。『マリク』の面白さを共有してくださってとても嬉しいです。どうぞ、良い旅を。

  2. はとさぶろう より:

    高野さんはじめまして!さきほど、メモリークエストのお詫びを拝見しました。
    私は、ただの一読者にすぎないのですが、「巨流アマゾン〜」のサッソンがものすごく気になっていました。実はメモリークエストに何度も「サッソンを探して下さい」と書き込もうと思いながら、止めていました。

    大学に入ったら自分で探しだそうと決意したのですが、今は絶賛浪人中。
    しかし、高野さんがサッソンを探して下さると聞いてとても熱い気持ちになりました。南米マジックが高野さんとサッソンを引き合わせてくれることを願います!

  3. hu より:

    非西欧圏の推理小説を探していらっしゃったと思うのですが、ロシアのボリス・アクーニンの「探偵ファンドーリン」シリーズなんていかがでしょう?
    日本語で3冊だけ翻訳が出ています。
    著者はロシア人ではなくグルジア人で、三島由紀夫の翻訳で有名な日本文学研究者から推理小説の作家に転進して成功された方です。

    ソマリランドに行かれてからなので、ご紹介のタイミングが悪すぎですが…。

  4. hu より:

    ツイッターをやってればそちらに書くのですが…日本未来の党を立ち上げて話題になった滋賀県知事の嘉田さんは京大探検部の出身だそうです。最近離婚された元夫は、当時の部長さんだったそうです。元々京大農学部出身で琵琶湖の水質をずっと研究していて、立候補したら知事になってしまったとのこと。滋賀県民にとってどれだけ琵琶湖が大切か、がうかがえるエピソードですね。

中島さおり へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年4月
    « 3月    
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930  
PAGE TOP ↑