*

失われた聖書男を求めて

公開日: : 最終更新日:2012/06/18 高野秀行の【非】日常模様

A.J.ジェイコブズの『聖書男 現代NYで-「聖書の教え」を忠実に守ってみた1年間日記』(阪急コミュニケーションズ)を読んだ、と言いたいのだが、読む前になくしてしまった。

辞書のようなあの分厚い本をなくす、しかも自宅ではなく外で。一体どういうことなのだろうか。
消費税込みで2700円以上もしたし、面白そうだったし、あきらめがつかないので、昨日はその探索に半日を費やした。

まずどこでなくしたか、購入から遡って一つ一つ思い出してみた。
買ったのは吉祥寺parcoのリブロである。私はカバーも袋ももらわないので、本を裸で手に持ち、外に出た。
仕事場に行こうと思ったのだが、どうしても原稿を書く意欲がわかない。

パルコの向かいにある路上のベンチに腰掛け、しばらくぼーっとしていた。
すると、携帯に電話がかかってきた。話し始めたが、私の携帯は壊れかけていて、音声がひじょうに聞き取りづらい。
話ながら少しでも静かな場所を求めて、歩き出した。どこまで行っても静かにならず、結局、用件もよくわからないまま適当に返事をして電話を切り、
もう駅の改札前だったので、そのまま電車に乗って仕事場に出勤した……

と考えて、やっとわかった。
あのベンチの上に置きっぱなしにしてしまったのだ。
とりあえず、ダメ元で当該のベンチに赴いたが、案の定、見当たらない。
次に交番に行ってみた。あんなにご立派な本だし、誰も彼もが読みたいという本でもないから、警察に届けてくれたかもしれない。いや、そうにちがいない!と確信したのだ。
「遺失物届けを出して下さい」というので、「『聖書男』という本をなくした」と書き、警官にも口頭で説明。
警官は「聖書…男…?」と怪訝そうだったが、本部(?)に連絡して問い合わせてくれたが、そういう本は届いてないとのことだった。

かなりショックである。
でもよく考えてみた。誰かが拾ったわけだ。あそこにないんだから。で、交番に届けずにどうするか。
閃いた。「ブックオフに持っていって売ったんだ!」

そこで近くのブックオフを見に行った。ちょうど工事中で、店は吉祥寺ルーエという新刊書店の隣に引っ越していた。
ルーエにとってははた迷惑な話だなと思いつつ、店に一歩足を踏み入れた瞬間に気づいた。
「もしここで「聖書男」を発見しても、それは俺の本じゃない!!」

そうとうショックであった。
ショックを引きずりつつあったせいか、ブックオフにはめったに行かないから店の棚に慣れていないせいか、そもそもまだ私の本が棚に並べられてないのか、
どうにも見つけることができなかった。
それにもし見つけても、どうすればいいのか。
あれをまた買うのか。定価より安くなっているとはいえ、ピカピカの新刊本だからそれなりにするだろう。
だいたい、全く同じ本を2回買うという行為がたまらなくアホらしい。

でもなあ。「聖書男」は読みたい。こういう「読めない」状況になると、ますます読みたくなる。
他の書店で買うのか。それはもっとアホらしいのではないか。
悩みつつ、105円均一の文庫棚で私の『ワセダ三畳青春記』のとても古いバージョンがあるのを確認、なつかしいような複雑な気分のまま帰路についた。

今も聖書男のことが頭から離れず、仕事が手に着かない。

リブロで再発行しれくれんかなー。
無理だろうなあ。
本も飛行機のeチケットみたいに電子化すればいいのに、と思いかけて、それが電子書籍だと気づいた。
そうか、電子書籍ならなくすことがないのか。

でも、一つ言えることがある。
もし私がipadで「聖書男」を読んでいたら、きっとベンチの上にipadを忘れていったにちがいない。

         ☆             ☆               ☆

アブディン「わが盲想」更新しました。
第1回は、「トライ(渡来)」

念願のハルツーム大学法学部に入学したものの、盲人をケアする仕組みもなく、だいたい独裁政権によって学校が何ヶ月も閉鎖されたまま。
将来の展望が開けず鬱屈したアブディンのもとに、「日本へ行って勉強ができる」という怪しげな話が……。

関連記事

no image

野宿の話はつづく

「高野さん、この前うちの近くで野宿してたでしょ?」と水泳のY先生にレッスンのあとで言われて驚いた。

記事を読む

no image

横領ニモ負ケズ

私の行くところトラブルありと人は言う。 今回もでっかいトラブルが起きた。 よりにもよって『メモリー

記事を読む

no image

全国のホテルにスットコを!

宮田珠己『スットコランド日記』(本の雑誌社)を 気が向いたときにてきとうなページを開いて読んでいる。

記事を読む

no image

一時帰国

イスタンブールから飛行機内と空港で二泊三日し、 やっと東京に着いた。 いろんな意味で長く感じられた旅

記事を読む

no image

「同志」タマキンさんに会う!

宮田珠己ことタマキング(逆か)と会う。 タマキンさんの『52%調子のいい旅』が幻冬舎文庫から出ること

記事を読む

no image

御礼申し上げます

堀内倫子さんのことを書いたら、ブログのアクセス数が跳ね上がって驚いた。 アクセスしたら自動的に私の

記事を読む

no image

歴史は水で割るべからず

ゲストハウスのそばのソイ(路地)で、カバーにムエタイのポスターをびっしり貼った屋台を見かけた。

記事を読む

no image

今度はサハラかよ

久々に帰国して、待っていたのは書かねばならない原稿の山。 まずまっさきにとりかかったのはサハラ・マ

記事を読む

no image

異種格闘技戦、夏休み原理主義、未来国家

26日(日)、リブロ池袋店でジャーナリストの木村元彦さんの「争うは本意ならねど」(集英社インターナシ

記事を読む

no image

人生の内定がとれてないアナタに

 内澤副部長の名作ポップはコレ。  副部長の漫画イラストなんて見たことがない。お宝ものだ。  ス

記事を読む

Comment

  1. マエダ より:

    図書館でリクエストしてみてはいかがでしょう?
    在庫が場合は、他区の図書館から取り寄せ、または購入してくれると思います。
    自分は台東区在住ですが、1~2週間ほど待てる場合は本をリクエストしています。
    購入した日付を見て、「おっと! 買わせてしまったか」とささやかな優越感を味わうこともあります。

  2. 場違いですみません.
    昨日「タマキング祭り」でサインをいただいた読者です.
    ありがとうございました.
    カービングネックレス,愛用していただければ嬉しいです.

  3. ぐりぐらら より:

    せめて本の題名が簡潔で良かったです、宮田本新刊なら警察で題名を伝える時点でメゲます、警察も怪訝な顔どころか相手にされない可能性もあります(笑) 忽然と手から消えた聖書男、いまどこに居るのでしょうね…。それより 買って裸で手に持って店を出る(ワイルド!) そのままベンチでボーっとする高野さんもやっぱりミステリアスです

  4. 瀬川るきじ より:

    聖書男、角幡さんがお持ちですよ。

  5. 高野 秀行 より:

    私は本に線を引いたりするし、資料として残したいので、基本的に買うことにしているんです。「聖書男」ももう一度買いますよ。

瀬川るきじ へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年9月
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930  
PAGE TOP ↑