蝶のように舞い、蜂のように刺す(2)

川の砂州が黄色い蝶に埋め尽くされ、川の上空は群舞する蝶で黄色い帯になっている。陶然としてこの光景に見入るパーティの面々を現実に引き戻したのは、ミツバチであった。このときは精密機械を持ち込んでいたので、雨などを避ける為にいつもは使わないテントを設営した。この設営中、ミツバチが蚊のように纏わりついてくる。
これが鬱陶しい。


食事の準備にスタッフを一人置いて、探査に出発した。作業を終えて昼食を摂りに戻ると、食事の準備の煙は流れているものの、スタッフの姿が見えない。何かおかしい。声をかけるとテントから返事が聞こえて来る。しかし、テントに近づく頃には異変の理由がはっきりした。尋常ではない数のミツバチが、おそらく汗のミネラルを求めて体にたかってくるのだ。頭、顔、手はもちろん、汗がにじんでいる部分には服の上からも数十匹が集まっている。おそろしいことに緑色のテントはこげ茶色のまだらになっているではないか。そして、激痛というほどではないが、刺されると、やはり痛い。ザックの背中部分や、ストラップにはすでにびっしりと群がっている。
そして悲劇は起こった。
足と腕をむき出しにしている『熱帯ジャングルのエキスパート』がミツバチに混じっているアシナガバチに刺されたのだ。ほどなく全身に発疹が生じ、呼吸が荒くなって来た。ショック症状である。テントに寝かせて気持ちを落ち着かせ、刺された部位にヒスチジン軟膏を塗り、熱を持ち始めた部分を濡れタオルで冷やすぐらいしか、処置の仕方を知らない。このまま、意識がなくなったりしたら、それこそ一大事なので、彼の状態を見てキャンプを撤収することにした。幸い意識ははっきりしており、苦痛ではあるが動くこともできるので、命には別状なさそうである。
状態が大分落ち着いてきたところで、パーティを二つに分けた。第一グループはは第2ベースキャンプ(BC)に向けて軽装でまっしぐらに向かう。当然病人はこちらのグループ。第二グループは機材の撤収が必要なので遠回りのルートで第2BCへ向かう。作業の関係でトシはこちら。第一グループには病人の状態を見て、第2BCからボートでまっすぐ戻るように指示して撤収作業に取り掛かった。
第二グループが第2BCまであと30分ほどの距離に迫ったとき、こんどは別の異変がガイドによって察知された。ゾウである。ガイドの発言は衝撃的だ。
「この道をゾウが通ったばかりである。しかも、糞の色からして、ゾウは怒っている!」
グループ内に緊張が走った。『ピシッ』と音が聞こえたようなかつてない緊張であった。相談(説得)の結果、十分に注意しながらこの道を進むことになった。病人の状態が心配なこともある。あたりに最大限の注意を払いながら、進むこと数十分。ゾウの足跡がどうやら、ルート外に出たことを確認した時の安堵感たるや…やがてBC付近の明るく開けた場所に出た。そもそもこのBC自体がゾウに襲われた先住民族の集落跡地であった。
ボート乗り場の付近には、第一グループの面々が、文字通り、へたり込んでいた。全員幽霊を見たような表情である。グループを率いたY氏は述懐する。
「突然、鹿やサルなどの野生動物が道の左右を追い越して行ったんだ。ガイドが『ゾウが襲ってくる』と叫んだんで、とにかく全力で坂道を駆け出した。一度か二度ゾウのほえ声を聞いた気がするけどよくわからない。とにかく夢中で逃げた。すると背後からものすごい勢いで追い越していった大きな動物がいた。熊か何かかと思ったら」
そこで彼はようやくトレードマークの人懐っこい笑顔を見せて、
「『熱帯ジャングルのエキスパート』だったよ。」

“蝶のように舞い、蜂のように刺す(2)” への28件の返信

  1. AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.17; Mac_PowerPC)
    「泣きっ面にハチ」といいますが、さらにゾウときた日には、もう・・。
    読んでいて、状況判断の的確さを感じました。さすが。

  2. AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)
    さすがはyoonさんだ。
    そういえば初対面のスターバックスで(late@8撮影時)
    コンサート(concert)について聞かれたのに、cancer(ガン)に聞こえてしまい
    「この状況で何が問題(ガン)なんだろう」
    と一人悩んだ苦いメモリーを思い出しました。

  3. AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; U; PPC; ja-JP; rv:1.0.2) Gecko/20030208 Netscape/7.02
    彼は常にマイペースで、物に動じない男なんだけど
    さすがにこのときはぐったりしていましたねー。

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