蝶のように舞い、蜂のように刺す(1)

マレーシアのキャメロンハイランドは標高1500mから2000mにある避暑地である。英国植民地時代に英国紳士、淑女が涼を求めて訪れた場所だそうだ。現在はマレーシア、シンガポールにキャベツなどの高原野菜を供給する重要な農業地帯になっている。その先駆けとなったのが、一部の好事家にはBOH teaブランドで有名なお茶のプランテーションである。また松本清張の小説『熱い絹』でも有名なタイのシルク王ジムトンプソンが謎の失踪を遂げた場所でもある。そしてかつては蝶の収集家の聖地の一つとして名を馳せていたそうである


残念ながら現在は野菜栽培のための農薬や化学肥料による汚染がひどく、マレーシアでもっとも汚染のひどい川を擁する土地になってしまい、往時の蝶の楽園としての面影はない。それでもグヌンブリンチャン頂上近くから続く尾根沿いは、食虫植物や、野生ランを観察することが出来、トシも年に一度くらいは訪れている。蝶のことはあまり詳しくないのだが、素人目にも『楽園』というような数の蝶は目にしたことがない。今は昔ということなのだろう。
ジャングルに蝶はあまりいないのか?そんなことはない。トシも大量の蝶を見たことがある。マレーシアとタイの国境付近のジャングルがその場所だ。そこへは無線関係のプロジェクトで、ガイドの先住民族2人を含めて総勢8名で乗り込んだ。
一般道沿いの地点から船外機付きの10人ぐらい乗れるボートをチャーターして湖を1時間ほど進んだところがジャングルの入り口だ。この時は、アメリカ国務省に10年勤めて中南米のジャングルでゲリラや麻薬カルテルの動きを衛星で監視するという、なんとも凄い仕事に従事してきた男が参加していた。トシに対して「ボス。あなたに仕える前の、私の直接のボスはコリンパウエルで、その前はカレンオルブライトだった」などと持ち上げてるのか、見下ろしているのかわからない発言をしてくる男だった(九分九厘見下ろしていたのだろう)また、「中南米のジャングルに較べたら、マレーシアのジャングルなんかテーマパークだ」などとも発言していて、仲間から不興を買っていた。
ボートは湖岸の少数民族の集落に到着し、ここに機材などをおろして、ベースキャンプとする。そして前記の2人のガイドを雇って、こんどは湖に流れ込む川をボートで遡上する。岩が多くてボートが進まない終点が第2キャンプとなり、そこからジャングルへ入っていくのである。このブログをご覧の皆さんなら、ヒル除け、蚊除けの為に、熱帯であっても長袖、長ズボンにヒル除けソックスなどが必需品だということがわかるだろう。他のスタッフは全員そうしたが、この自称熱帯ジャングルのエキスパートは半袖、半ズボンで自信満々である。
さて、数時間のジャングル歩行後、その日の調査距離の半分ぐらい来たとき、木立を通して、ジャングルの中を流れる小川の砂州が妙に黄色っぽくなっているのが見えた。近づいて見ると10畳ほどの広さの砂州を埋め尽くしているモンキチョウの色であることがわかった。さらに川沿いに出て、川の全貌が見えてくると、川の流れに沿って2m半ぐらいの高さを同じ蝶が無数に飛翔しており、天の川もかくやと思わせる黄色い帯が出来ていた。ガイドに聞くと蜜の非常に多い高木が開花している、蝶とミツバチの季節なのだそうだ。
全員が夢のような光景に酔いしれていた。
しかし、これから起こる出来事を予測することは不可能だった。つづく

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