まったく違う二冊の本に見つけた共通点

海外で生活するようになって今年で丸20年。
このうち半分は一般の日本人社会とはほぼ無関係の生活を送ってきた。
7年前に子供を日本人学校へ入れる、という選択をしてから、
急に当地の日本人社会と接点ができた。
もちろん、トシは9年前から日本で会社を経営しており、日本とマレーシアを行き来する
生活を送っているのだから日本との接点はそれ以前からあるのだが、ことマレーシアでの
生活に関しては、現地密着型と言ってよかった。
そして5年前に子供の放課後の生活を考え、外国人居住者が多い地域に引っ越し、
周囲に日本人の家族が多くなって来ると、本当に生活ぶりも駐在員チックになってくるものだ。
家具つきのコンドミニアムに生活するようになって、衛星放送でNHKを毎日見るようになったのも
大きな変化と言えるだろう。
去年は『篤姫』をずいぶんしっかりと見た。


全体的に言うと、NHKの番組はお金も時間もしっかりかけて作った
良質のものが多いように思う。
ただし、最近のアナウンサー採用の尺度が民放と同じになりつつあるように
思えて非常に残念である。
そんな旧NHKアナウンサー好きからすると、首をひねりたくなる一人、
住吉アナがやっている番組をご存じだろうか?
そう、『プロフェッショナル仕事の流儀』である。
脳科学者茂木健一郎がぎこちないホスト役をつとめるあの番組だ。
毎週、各界の超一流の人物(現役)にスポットをあて、その一流の秘密に迫る
言わば個人版『プロジェクトX』である。
2006年1月に始まった番組の中でイチロー、宮崎駿、将棋の羽生などの著名人を
抑えて最も大きな反響を呼んだのが青森のりんご農家木村秋則だったという。
私は残念ながらその回を見逃しているのだが、番組制作後、ノンフィクションライターが
追加の取材をして書き上げた本がある。
『奇跡のりんご-「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録』(幻冬舎 石川拓治著)
がそれだ。
正直な感想を言うと、「あーこれテレビで見たかったな」
著者の書きぶりがちょっと肌に合わない感じがしたのだ。
ただし、木村秋則さんの存在感と達成している事実の大きさは圧倒的だ。
それだけで一読の価値はある。
まったくの無農薬、それどころか肥料さえやらない、りんご園にたわわに実るりんご。
常識をくつがえすりんご農園の経営者の姿を描いたノンフィクションである。
ムツゴロウ先生のような歯の抜けた初老の男性が大口を開けて笑っている表紙で
手を引っ込めてしまう方もいるだろう。
タイトルも結構あざといし、惹句もありきたり、
解説も茂木健一郎(ほんとに何冊紹介しているんだこの人)と、
下世話な匂いがするが書かれ方は別として主人公の起こした(続けている)奇跡と
そこに至る過程はぜひ読んでもらいたいと思う。
本文中、私が強くひかれたのは次のようなセリフだ。
「あのさ、虫取りをしながら、ふとこいつはどんな顔をしてるんだろうと思ったの。
それで家から虫眼鏡を持ってきて、手に取った虫の顔をよく見てやったんだ。
そしたら、これがさ、ものすごくかわいい顔をしてるんだ。
あれをつぶらな瞳って言うのかな…(中略)…なんだか殺せなくなって
葉っぱに戻してやりました。私にとっては憎っくき敵なのにな。…今度は益虫の
顔を見てみたわけ。害虫を食べてくれるありがたい虫だよな。
ところがこれが怖い顔してるの。
…ああ、そうなんだと。人間は自分の都合で害虫だの益虫だの言ってるけど、
葉を食べる毛虫は草食動物だから平和な顔してる。
その虫を食べる益虫は肉食獣だものな、獰猛な顔しているのも当り前だよ。」
ここだけを見ると、似非ナチュラリストによくある生き物を擬人化した発言に
聞こえるかもしれないが彼のして来たチャレンジ、数々の失敗とその帰結を
踏まえて読むと、このあたりの発言の凄さが際立ってくる。
この後彼は、自然の多様性をなくして均一化し、コントロールしやすくする
従来の農業手法を捨て、多様な生きものの共存する、より自然状態に近い環境を
りんご園に再現し、りんごの持つ根源的な力を引き出して無農薬、無肥料栽培という
常識はずれの農業に成功するのだ。
そう、多様性を持たない環境は個体の弱さを生むのだ。

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