私の会社の仕事は、世の中の役に立つ物質や機能を生き物から探すことだ。
これを生物資源探索(Bio-Prospecting)と呼んでいる。
今まで見つかっていなかった新種の生物からだけ、新しい物がみつかる、
ということではないが、やはり多様な生物がいる環境というのは
生物資源探索をするものにとって魅力的である。
その一方、この世には伝統的知識というものがある。
これは長い人類の歴史の中で、試行錯誤が繰り返されて現在に至る
主に生き物を利用する知識のことだ。<業界限定。
薬や食品から繊維、そして醗酵食品などバラエティに富んだ
貴重な財産である。
生物資源探索を進める上でこれらの伝統的知識というのは
非常に重要な指針となる。
これまで生物資源探索に利用されてこなかった伝統的知識は
辺境地に残されていることが多い。
山岳や森林の少数民族などの伝統的知識がそれだ。
この場合、かなりの伝統的知識がその生活環境にしかない生き物を
利用したものである。
したがって、伝統的知識がよく維持されていても、その知識で利用する
生き物の生育環境が失われてしまうと伝統的知識自体が陳腐化する。
また、せっかく生育環境が維持されていても伝統的知識がなくなって
しまっては何もならない。
友人の辺境作家高野秀行氏の著作『世界のシワに夢を見ろ』の
まえがきにこんな文章がある。
『アメリカ化が進むと、世界はのっぺりする。
イメージで言えば、先進国と大都市を中心に、みんながせっせと
大地にアイロンがけをしているようなものだ。
どこも同じように清潔で快適でおしゃれで便利になる。
ではアイロンがまだ生き届いていないところはどうかと言うと、
これはシワくちゃだ。
昔からシワだらけだったのが、さらに中央部からの、まさに
「シワ寄せ」を食らっているからたまったもんじゃない。』
私の一番好きな文章だ。
そして今、シワ寄せを食らっているシワくちゃな地域の人々も彼らなりの
やり方でアイロンをかけ始めているのだが、アイロンの温度なのか
かけ方なのかわからないが、うまくシワが取れないで混乱している。
内戦やらテロやらがそれだ。
しかし精神的、物質的にはどんどんアメリカ化が進んでおり、
その過程で貴重な伝統的知識がどんどん失われているのである。
新しい文物が入って来ると、それが一見優れていればいるほど、
伝統的な物は淘汰される。
そして淘汰される伝統の貴重さは一顧だにされない。
物質優先の考え方から、やがて自然環境が破壊されていくことになる。
伝統的知識も自然環境も維持するのは至難の業なのである。
しかし、その難しい伝統的知識の維持と自然環境の維持を
何よりも優先的に実施して今に至る国がある。
それがブータンである。
鎖国的政策を取っていたがゆえに、物質文明という名の
アイロンかけに惑わされることなく
独自のすばらしい伝統的知識と自然環境維持において世界で最も
先見の明のある国になっているのだ。
周回遅れで先頭に立ったというようなことではない。
全員が参加したマラソンコースとは違うコースを一人走っていたら
全員の方のコースが間違っていたということなのだ。
もちろんブータンと言う国も様々な問題を抱えているはずだ。
何もかもが素晴しい国などはありえない。
しかしアメリカというリーダーの誘導に首をかしげながらも結局は
ついて来て、やっぱりこうしておけばよかったと後悔している日本に
とって、やっぱり羨ましいほど勇気のある国だと思う。
これから、かの国との本格的つき合いが始まることになる。
非常に楽しみである。