森の人

マレーシア在住で『森の人』とくればオランウータンのことと相場は決まっている。
ただし今回は本当に森の人(先住民族)の話だ。


仕事で何日も、時には何週間もジャングルに入る場合、
先住民族にガイドをお願いすることになる。
マレーシアの先住民族はオランアスリと呼ばれているが、
これはあくまでも総称で複数の異なる部族がいる。
同じ部族でも普通の文化的生活をしている人たちから
山奥で本当に自給自足の生活をしている人たちまで様々である。
ゾウの項で、案内されている人々を置き去りにして逃げるガイドのことを書いたが、
彼らの名誉の為に、その素晴らしさの一端をご紹介しようと思う。
一番は彼らの知識だ。彼らは自分の住む森のことなら本当になんでも知っている。
どこの木の実がそろそろ熟しそうだとか、糞を見てこのゾウは今怒っているだとか
(この発言の直後にこれは証明された)、この木の根は煎じて飲むと咳が止まるとか、
まあそういったことだ。
以前、薬用植物の調査をしていてやっかいだったのが、
先住民族のサービス精神で、知らないことまで教えてくれるのには本当に困った。
しかしこれも複数に対して聴き取り調査し、正しいかどうか検証することで、
ある程度のスクリーニングは可能である。
ちょっと脱線するが、集落の軒下などでマイクを使って聴き取り調査をすると
このサービス精神が増幅されるようだ。
それに対して山歩きをしながら「これ何?」「これどうするの?」と
子供のように問いかけると、誇張や作り話抜きに教えてくれることが多い。
『マイクを前にすると特別な意識が出る』ということよりも、
『山のことは山で歩きながら伝承する』というのが彼らのスタンスなのかもしれない。
こちらの方が断然かっこいい。
次は体力。
タバコの悪習はオランアスリに蔓延している。
トシなぞは一日のガイドに対する感謝の意を込めて(お金とは別に)
タバコを一箱(洋モク以外は嫌な顔をされる。人気銘柄はダンヒル。)
手渡すこともあるくらいだ。
それはさておき、歩きながら一服、休憩時に数本、食事で一服、
後かたづけして一服と完全なチェーンスモーカー。
それが老いも若きも山歩きに関してはほんとにタフで頭が下がる。
自称60過ぎの長老が30度はあろうかという斜面をすいすいと登っていく。
そして、こちらの到着を待つ間にまた一服だ。
(トシはタバコを吸わないので余計情けない)
若者は木に登ることで背中、それも肩胛骨のあたりがとても発達している。
町で仕事を得た人の中にはお腹がぽっこり出た人もいるが、
山住みの人に太った人は一人もいない。
肥満とは文明病だということがよくわかる。
とにかく山歩きに関する体力は抜群だ。
そして最後に特殊能力。
人間は使わなくなって退化した能力がたくさんあると言う。
その能力の内、鋭敏な方向感覚を彼らは失わなかったということだろう。
とにかく凄い。数年前にGPSを携えて山に入った。
開けた場所(衛星からの電波をキャッチしやすい)を記録しながら、
色々な調査を行うのだが、日暮れが近づいて来たこともあって、
ある丘の頂上から、昼間通った、『道が二股に分かれたポイント』に向けて、
直線的に道なき道を戻ることになった。
戻りたい場所の説明を聞くと、方角に当たりをつけたガイドの青年二人は、
比較的光の多い、したがって下草のかなり茂った低木の藪に
躊躇無く飛び込んでいった。
私たちはGPSのナビゲーションモードで進行方向を確認してみた。
電波が届きにくいので現在地の測定が難しいものの、概ね合っていることがわかる。
10分、20分と下っていくと、彼らの方向感覚がすばらしいということが
さらによく分かってくる。
通過したラインを見ると、地形の関係で迂回した場合を除き、
綺麗に同じ方向にベクトルが向いているのだ。
そして最後のひと漕ぎをして藪を飛び出すと、
まさにそこは二股の『股』の部分だったのである。
ピンポイント!
そして、開けた場所に出たことで測定精度の上がったGPSの現在地表示は
最初に記録した目的地から10mほどずれていたのである。
こんなに彼らは凄いのだ。

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