プチ・アドベンチャー3

町の喧騒を離れ、歩いているうちに、あっという間に
先住民族の集落に紛れ込んでしまった私。
遠巻きに大勢の人々と犬達に囲まれ、追い詰められるようにして向かうは
村長のものと思しき高床式住居だ。


 
30メートルほどに近づいた高床式の建物の裏手から
想像よりずっと若い40そこそこの男性がにこにこして現れた。
緑のTシャツに短パン姿だ。日焼けした顔と体つきは精悍だが
人の良さそうな人物である。
「お、どこに行くんだい?」
表情そのままの気さくな声に答えようとした時、
空からぱらぱらと雨が落ちてきた。
思いのほか大粒の雨だった。
「さあ、早く入った入った」という声にうながされて
私と、私を取り巻いていた複数の男達は彼の住居へ、
ついてきた犬達は床下に入った。
先ほどの質問にどう答えるか考えているうちに
主は奥の囲炉裏端で、ガラスのコップに
褐色の液体を注いでくれていた。
うっすらと湯気の上がる液体は砂糖をたっぷりと入れた紅茶だった。
数えてみると8人の男が決して広くはない高床式住居に収まっていた。
男達の瞳はどれもみな優しい色を宿し、さきほどまでの剣呑なムードは
かけらも感じさせなかった。もっとも、剣呑なムードはこちらが
勝手に感じていただけだが。
通り雨のような短い雨が上がるまで、紅茶でもてなされた。
その間、取り留めのない、おしゃべりをした。
オフィスの裏山に出る道は、今歩いてきた一本道でいいのかとたずねると
「あとでまたいっぱい雨がふるぞ」と心配しながらも
「まっすぐ進んで別の道とぶつかったら、左へ行け、そうすればオフィスの裏山に
繋がる林道にぶつかる」と教えてくれた。
私はすっかりくつろぎ、ここしばらく、
いつもあった、しこりのような嫌な感じは薄れていた。
雨が上がった。
人々と再会を期してスタートすると、未舗装の林道はぬかるんでいて
ちょっと不安に思った。
しかし、まだ3時過ぎだ。日暮れまでまだ4時間以上ある。
もしこの先、よっぽど大変だったら、この道を逆戻りすればいいだけのことだ。
すぐ先は舗装路なのだから。
小一時間は開けた林道のアップダウンだったが、ぬかるみは思ったほど
ひどくなく、快調に進んだ。しかし、見晴らしのよい場所に出ても
回りは山ばかり。まるで異次元に迷い込んだかのような気分である。
今日はとことん迷う日だ。。。
しばらく下りが続き、巨木に囲まれた谷にたどり着いた頃、
強い風が吹き始めた。
鳥の声や、蝉の声もかき消される大きな音と、巨木が翻弄される
凄まじい光景が眼前に展開し始めていた。
一刻も早くすり鉢の底から脱出するのが得策だろう足をはやめたその時、
立っていられないほどの強風が、林道を一息に
駆け下りてきたと思ったら、谷を覆っていた巨木の一本が
根こそぎ倒れるのが見えた。
林道に根元を削られて弱くなっていたのだろう。
一切の音が聞こえなくなるほどの轟音とともに
40メートル級の木があっと言う間になぎ倒され、周りの木に
枝を折られながら何度かリバウンドするのが見えた。
よかった、ぼうっとしていたら一巻のお終いだった。
さらに足の運びが速くなる。
ほんの5分ほど吹き荒れ、ぴたりとおさまった風。
湿度が急に上がると共に、空が急激に暗くなってきた。
雨が、それも豪雨がやってくる。粘土質の赤土が露出した林道は
豪雨でたちどころに、川に姿を変えるだろう。
そうなると、やっかいだが、この周辺はずうっと下ってきた場所だ。
林道の外側は大木の林ではなく、むしろまったく歩けない、
トゲの多いヤシ、竹、そしてシダ類の藪である。
走るようにして、坂を登ると工事現場のような広場に出た。
屋根のついた休憩所のようなものがある。
時計を見ると午後5時を少々回った時間。
日が暮れるのは7時半として山間であることを計算に入れても
あと2時間近くはある。しかし、ここで雨に降り込められたら
真っ暗闇の中をしかもぬかるみの道を、一体どのくらい歩かなければ
ならないのか、わからない。
方向的には、おそらく間違っていまい。
このまま道を進めば、おそらく雨には降られるかもしれないが
1時間もしないうちにわかる場所にでるだろう。
死ぬことはあるまい。前へ進むことにした。
広場から駆け下りると林道はすぐに獣道のように
細く暗いものに換わっていった。
続く

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