ジャングルで泳ぐ

アマゾンのような巨大なジャングルならいざ知らず、
東南アジアのちょっとした山に分け入るような場合、
現れる川はどれも小川といった趣だ。
日本だったら鮎やヤマメ釣りをするような渓流
と言えばイメージがわくだろうか。
大きな岩とごろごろした石で構成された川岸は、
これまで歩いてきた薄暗い密林とのコントラストで実際よりも明るく感じる。
こんなとき、近くに流れのゆるやかな深みがあったりしたら、
泳ぎたくてたまらなくなる。

　　
実は私、うんと若い頃は水泳で生計を立てていたプロのスイマーなのである。（注１）
汗でびっしょりになったシャツを脱ぎ捨て、
靴をもどかしげに脱ぎ飛ばし（というのは比喩で実際には
きちんと揃えておかないといざというとき困るのだが）、
リーチソックスとソックスの2枚を同時に脱ぎ、
パンツを脱いで川につかる。
水は想像通り刺すように冷たいが、刺されて本望という気分でもある。
ひとしきり泳いだ後（注２）、ぼうっと浮かびながら流れに身を任せるのは、
自然との一体感という意味では最高の方法だ。
もちろんぼうっとしているうちに、とんでもなく遠くまで流されてしまう、
というような事態は避けなければならないので、
ぼうっとしつつも神経は張っているのだが、
この心のあり様が、実は野生動物に最も近いのではないか、などと愚考する。
さて、もう10年も前になるだろうか、
マレー半島南部の国立公園（去年の暮れからBig foot騒ぎのあったあの場所である）
に入った時のことだ。
このときの旅行もエピソードが豊富で、
公園事務所のある村へ行く途中の林道で小さなゾウの群れに、
乗っていた４駆（たしか日産Patrol*現地名だった）が襲撃され、
リバースで数百メートル激走するという恐怖の体験もあったし、沈香のかたまりをみつけたガイドに途中で放り出されそうになる、なんてこともあった。
そんな派手な、そしてそれなりに気疲れのする旅行をしていて、
薄暗いジャングルの中に突然静かな水面の、入り江のような場所が出てきたら、
これはもう誰でも泳ぎたくなるに違いない。
ま、実際に泳ぐ馬鹿はそんなにいないだろうが。。。
かなり大きな静水域であるのに、高い木立に囲まれて
ちょっと薄暗いのも何やらプライベートビーチのような
親密さが感じられて格別である。
ちょっと調べてみると、そこは直径２メートルほどの複数の岩が
川をせき止めて出来ている、全体で数百坪はあろうかという場所で、
その岩の先は瀬というのか、英語で言うカスケードといった感じの
浅くて、はやい流れになっているようだ。
自然の堤防の右側には高さが5メートルもあるような二つの大岩が
ぴったり重なってそびえており景観的にもすばらしい。
この自然のプールで体が冷えきるぎりぎりまで泳ぎ、
岩によじ登ると日差しを浴びて体を温めた。
冷ましたり温めたりと非建設的な活動だが、心のリフレッシュには換えられない。
体が温まり甘いものを口にすると、服を着て、
はつらつとした気分で右側の岩二つを巻いて川岸を進んだ。
すると、ブラインドになっていた二つの大岩の裏側が目に入った。
そこはなんと、落差が３０メートル以上もある豪快極まりない大滝であった。
両岸の大木にだまされていたが、今泳いでいたそのすぐ先が断崖なのだ。
二つの岩の隙間から結構な量の水が大きなしぶきを上げて落下している。
表面は静かだったが、底の方から水が滝への流れを作っていたのだ。
調子に乗って吸い込まれていたら、と思うとぞっとする。
運がよかったとしかいいようがない。
こんなとき、『私って運がいい』と思える人間だけが
再びジャングルにやってくるのだろう。
そしてもちろん私もつくづくこう思う
『俺ってほんとについてる男だ』。
注１　というのは大げさで、単なるスイミングコーチ＆ライフガード *1980年ごろ日赤水難救助員のライセンスを取得（有効期間5年間）も、残念ながらすでに失効。自然の川で泳ぐことの危険さを啓蒙すべきなのに、嬉々として泳いでいるのだから、失効して世の為であると自分でも思う。
注２　旅行先で泳げるところがあれば、かならずバタフライで泳ぐ、ということをライフワークとしている。手が長いのでフォームは美しい（と言われたことがある）。メコン、イラワジ（エーヤワディ）はもとより、ミャンマーのアンダマン海やボルネオのジャングル奥地でも泳いでいる。馬鹿ですな。